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民進党と連合ー組織票から浮動票へ(山尾志桜里問題の本質) [Politics]

「保育園落ちた 日本死ね」の待機児童問題追及で一躍有名になった民進党の山尾志桜里議員が、横浜市長選で、カジノ反対と中学校給食の実施を掲げる前民進党市議の候補を差し置いて、自公と連合の推す現職の応援演説に駆けつけたことがネットで物議を醸している。事情通によると、山尾氏は連合の要請に応えての行動であったとか。しかし、確かに山尾氏は待機児童の問題や前回選挙で中部電力との原発に関する政策協定を結ばなかった等、リベラル志向の人物としての評価が高いが、党内では前原グループに属し、過去2回の代表選では細野豪志前原誠司を支持している。山尾=リベラルと勝手に決めつけ、「裏切られた」と騒いでいるネット左翼(?)は、山尾氏に片思いをしているだけではないのか。もしかすると、今回の騒動にいちばん驚いているのは、山尾氏自身なのかもしれない。
それはさておき、民進党が今日、ご臨終の時を迎えることとなった原因については、昨日も書いた通りであるが、そこで触れなかった要因のひとつとして、民進党(民主党)と連合とのねじれた関係を指摘することができよう。とりわけ民主党が3・11以降、明確に脱原発に舵を切れなかった主な原因は、電力総連を抱え原発を容認する連合の存在があった。

55年体制を支えた組織票
万年与党の自民党と万年野党の社会党によるなれ合い政治によって、豊かで平和な世の中を享受してきたいわゆる55年体制のもとでは、選挙を左右するのはいわゆる組織票であった。自民党には地方・農村の票田を支配する農協をはじめ、都市部の中小企業を束ねる商工会議所や青年会議所、さらには様々な宗教団体が組織票を固める集票マシーンとして機能してきた。一方の社会党は、400万の労働者を組織する日本労働組合総評議会(総評)という強力な支持母体が存在した。さらに民社党も同様に全日本労働総同盟(同盟)というナショナルセンターを基盤としていたし、公明党はいうまでもなく創価学会と一心同体、共産党も数十万の党員と党の影響下にある様々な大衆団体が共産党の集票組織としてががっちり機能していた。
しかも、55年体制下では中選挙区制だったため、例えば定数5の選挙区では自民3に社会2の「指定席」があったり、選挙区によってはそのうちの1議席が他の少数野党の指定席であったりした。だから、選挙ごとに様々な「風」が吹いても、相対的に与野党の議席配分に大きな変動が現われず、上述したように自民vs社会の圧倒的な組織票の数的優劣によって政権交代は事実上不可能な構造になっていた。

無党派層と浮動票の増大が小選挙区制を可能にした
小選挙区制の議論は70年代からあったが、共産党が一貫してそれに反対してきたように、55年体制下では、それは少数野党にとっては死を意味するものであったばかりか、組織票の優劣がはっきりしている状況下では、絶対数の上からも自民党の独占状態を招く以外に考えられない制度であったため、現実性の乏しい議論に過ぎなかった。それが、1993年の反自民・非共産の細川連立政権下で一気に実現することになったのは、その間、55年体制が崩壊するのに先立ち、無党派層の増大による大量の浮動票が選挙情勢を左右するようになっていたからである。まさに「政権交代可能な2大政党制」が現実味を持ち始めたのである。

組織票と浮動票のどちらを重視するか?
そうした小選挙区制のもとで発足した民主党は、当初から一貫して無党派層の浮動票に支えられて議席を伸ばしてきた。世論調査ではおおむねいつも一桁台の支持率しか得られないにもかかわらず、いざ選挙となるとその何倍もの票を獲得してきた。そう考えると、民主党(民進党)には連合の協力は必要ないようにも思われる。実際、発足当初800万の傘下組合員を擁した連合は、その後、組合員数を減らし、現在は675万人の組合員を擁するに至っている。それでもこれは、かつて総評が擁していた400万組合員をはるかに凌駕する数である。しかし、55年体制下の総評は、各産別組織が場合によっては複数の組織内候補ーつまり日教組なら日教組内から社会党候補者を擁立するーを当選させ、労組出身議員が何人も存在した。そのような場合は、組織票は2倍にも3倍にもふくれあがった。つまり、組合員のみならず、その家族も組織票として機能した。同様のことは組織外の候補にも一定程度いえた。つまり、組織票は百パーセント確実な基礎票として動員できたのである。
ところが、連合の組織票というのは、今年初めに行われた傘下の基幹労連のアンケート調査の結果でも、組合員の政党支持率が民進党18%に対して自民党23%であることが明らかになったように、組織票ー固定票として固められるのは、組合員の2割にも満たない現実が暴露された。
といっても、小選挙区制の選挙は常に「風」によって左右される。かつてのような「指定席」はない。不確かな組織票でも、あるとないとでは時に当落を分けることもある。事情はかなり違うが、自民党も農村票や中小企業票がかつてのように盤石な支持基盤でなくなったため、細川連立政権崩壊後は、創価学会を擁する公明党の選挙協力なしには、政権維持が難しい状況が続いている。また、そのように浮動票に左右される中で、創価学会同様、確かな組織票を有する宗教団体を母体とする日本会議に政権を牛耳られるようになったのも、この党の特色である。
それはさておき、政権交代前後の一時期を除き、常に政党支持率一桁台でも2大政党の一翼を民進党(民主党)が担ってこれたのも、まずは無党派層=浮動票のお陰であると同時に、小なりといえども連合という組織票に負うところが少なからずあったことも事実である。
しかし、連合との関係維持はそうしたプラス面ばかりではない。上述したように、はっきりとした原発政策を決められない問題もしかり、共社自との野党共闘路線に明確に舵を切れない理由のひとつも、連合との関係が存在する。連合は総評・同盟・中立労連・新産別といったナショナルセンターを網羅した労働戦線の「全的統一」として実現されたかたちはとっているものの、それを主導したのは労使協調路線の同盟と総評内右派労組であり、連合結成と同時に、共産党系単産は全労連という別組織を結成、社会党左派系労組の一部も全労協を結成し、事実上連合は、それら左派切り捨てによって成立した労働戦線の右翼的再編であった。そうした経緯から、連合は一貫して共産党や社民党との野党共闘路線に反対してきたのだ。

市民を信頼し、市民とともに政策を練り上げる政治家・政党を!
そうしたなか、旧民主党は与党時代にも、原発政策で明確な方針を打ち出せず自滅し、下野してからも、アベ政権への対抗上、他の野党と歩調をそろえてこの間、どうにかこうにか野党らしい行動を示してきたものの、重要政策では何ら明確な路線を打ち出せていない。これはなにも連合との関係ゆえというよりも、党内に様々な考えの議員がいることによるためであるが、連合との関係も含め、軸足をどこに置くか、足下が定まっていないという致命的問題にある。
先に見たように、55年体制下の組織頼み(=ムラ社会依存)の選挙から、今はよきにつけ悪しきにつけ、個人主体の選挙に変化してきている。候補者も、わずかばかりの基礎票の上乗せを狙って組合回り等組織回りをして頭を下げ、自らしがらみをつくり出すよりも、無党派層=浮動票という個々のバラけた市民にオープンに呼びかけ、彼らを積極的に主体的な市民として組織していく欧米型の選挙戦略へ転換しない限り、生き残りは難しいと腹をくくるべきだ。
そしてそれは、単に選挙戦略に限定される問題ではない。否、むしろ、その方向こそ、今後目指すべき市民政党の本来のあり方が提示されているともいえる。組織頼みの選挙から、市民を信頼し、市民とともに政策を練り上げていく姿勢こそ、21世紀の市民政党に求められる政治家の姿勢だからだ。

民進党は解党し、党内リベラル派は社・自とともに市民主体の市民新党結成を! [Politics]

ポスト冷戦・ポスト55年体制が生み出した「国民政党」=民主党
民進党の前身である民主党が社会党右派から自民党リベラル派までを糾合し、「政権交代可能な国民政党」を標榜して結成されたのが、今から21年前の1996年9月のことである。80年代には戦後続いてきた労働運動の左右対決に終止符を打つべく、「労働戦線統一」が叫ばれ、1989年に日本労働組合総連合会(連合)が結成されていたが、民主党はこの連合を強力な支持母体として誕生した。
80年代から90年代前半は東欧の民主化とソ連のペレストロイカを経て、ソ連・東欧社会主義が崩壊し、一時的に「超階級的社会」現象が現出した時代であった。そうした歴史的背景のもとに、社会党から自民党まで網羅した超階級的「国民政党」=民主党が結成されたのである。
以後十余年、民主党は幾度かの再編を経て国会の議席を伸ばし、2009年の政権交代・鳩山政権が実現した。

幻想でしかなかった「超階級社会」、現実は1%対99%の対立へ
しかし、民主党の結成から鳩山政権の成立に至るまでの過程は、世界的にも日本国内においても、IT革命によって産業構造が激変する中、新自由主義が台頭し、貧富の格差=新たな貧困問題が進行していく過程でもあった。つまり、民主党が基盤とした「超階級的な国民」が大きくばらけ、その中核であった中流階級が両極化していったのである。民主党が長年党綱領も持てず、民進党の今に至るまで重要課題に対して党内をまとめきれずに政党の体をなさずにきた理由も、「寄り合い所帯」であることとともに、こうした現実には幻想でしかない基盤にしがみついてきたことの必然的結果でもあった。
民主党政権が鳩山内閣から菅内閣に交代した時に起こった2011年の3・11は、こうした民主党の弱点を全面的にさらけ出す結果となり、その間、民主党を勝手連的に支えてきた市民層の離反を招くことにもなった。原発対応を巡って迷走したあげく、経団連の意を受けて登場した野田政権が1年余りで政権を投げ出し自爆解散をした時点で、民主党はその歴史的使命を強制終了したといっても過言ではない。
それ以来、私はこのブログで再三にわたり、市民新党の必要性を訴えてきた。
「超階級社会」の幻想を破って出現した1%対99%の世界的な対立構造は、欧米諸国では既成政党の衰退の一方で、極右勢力の台頭と市民主体の新しい政党の出現をもたらした。ところが日本では、日本会議を中心とした極右勢力が、これも同じく55年体制の終焉とともに歴史的使命を終えつつも、その後も延命し続けてきた自民党を実質的に乗っ取る形でアベ政権を実現し、一気に世界史の最前線に躍り出た半面、それに対抗すべき市民主体の政党が皆無な状態にある。

今こそ市民新党の結成によって政権交代をめざすべき
そうした市民主体・市民意識が決定的に弱い日本の現状を踏まえ、私は腐っても野党第一党の民主党→民進党に期待せざるを得ない現実から、昨年8月の民進党代表選では蓮舫代表ー山尾幹事長体制を期待してみたが、現実には野田幹事長という最悪の選択によって、民進党は自滅への道を歩み続けてきた。
ことここに至った以上、民進党は解党する以外に道はない。たとえ代表選を実施して新執行部が誕生しても、離党者が相次ぐだろうし、第一、次の選挙では歴史的大敗を喫して退場するシナリオしか描けない。
折しも、オウンゴールの連発でアベ政権退場が秒読み段階を迎えている現在、事態は急を要する。
今こそ、民進党内のリベラル派・市民派は社民党・自由党とともに、市民運動・市民団体、リベラル派学者・文化人らと21世紀型の市民新党を結成すべき秋だ。(共産党は独自の道を行き、この新党との連立政権をめざし共闘することになるだろう。ついでにいえば、すでに実質的に社会主義革命路線を放棄し、天皇制さえ容認している共産党は、往年の社会党左派より右寄りの現実路線に舵を切っているのだから、負のイメージしかない共産党の看板を外して党名を変更すべきだと思う。)
市民新党は(「全国民」でない)99%の市民に基盤を置き、この間、アベ政権が強行成立させてきた憲法違反の秘密保護法・戦争法・共謀罪法等を廃止し、1%に奉仕する政治から99%の人々のための政策の実行(ベーシックインカムの可及的速やかな実施を含む)、再稼働を認めずすべての原発を停止し廃炉を目指す脱原発政策の実現等を掲げ、共産党との連立政権をめざすべきだ。
そして、いつ選挙があってもいいように、早急に候補者擁立を行い、次の総選挙で野党第一党どころか、政権交代をめざしてたたかわなければならない。

最近Apple Musicでダウンロードしたアルバムたち [Jazz]

1.jpgSTEFANO PREZIOSI QUARTET PLAYS STANDAEDS ☆☆☆☆ ナポリ出身の40代半ばのアルト奏者STEFANO PREZIOSIのスタンダード集。基本はパーカー派のアルト奏者だが、It Could Happen ti YouやEstateなどではソプラノも吹く。軽快なテンポの曲が多く、なじみやすい。

2.jpg山中千尋 モンク・スタディーズ☆☆☆☆☆ セロニアス・モンクを取り上げながら、アコピが前面に出た曲はほぼ1曲で、あとはシンセやオルガンでモンクを新解釈という山中千尋の真骨頂。異分野から参加したディーント二・パークスのドラミングも新鮮。中でもオープニングのオリジナル曲ハートブレイク・ヒルはとても斬新な響き。山中千尋の新境地。

3.jpgJ.A.M Silent Notes☆☆☆☆ SOIL&"PIMP"SESSIONSのリズムセクションによるトリオの4thアルバム。極めてオーソドックスで心地よいジャズを聴かせてくれる。

4.jpgChristof Sänger Descending River☆☆☆☆ ドイツ人ジャズピアニストChristof Sängerのトリオ演奏。円熟した演奏についつい引き込まれてしまう。

5.jpgBob Bralove, Henry Kaiser and Chris Muir 
Positively Space Music☆☆☆☆☆ ベテランミュージシャン3人による2時間30分に及ぶ一大ロック宇宙組曲。シンセサイザーを駆使したオーケストライゼーションは交響曲をも想わせ、かつハードで濃厚なロック感が全編を貫いている。毎晩、ものを書きながら聴いている。

6.jpgChristian Scott aTunde Adjuah Diaspora ☆☆☆☆ ジャズ100周年3部作『THE CENTENNIAL TRILOGY』の第2弾。マイルスの影響を色濃く受けながらも、独自の世界観を持った音楽をつくり出している。

7.jpgDenys Baptiste The Late Train☆☆☆☆ 文字通り「遅れてきたコルトレーン」。3のascentは、エレクトリックサックスでワウワウの利いたエフェクトの演奏も楽しめる。しかし、全体としてはトレーンへのオマージュだ。

8.jpgEstrada Orchestra Jazzbeatjaatis☆☆☆☆☆ エストニアのジャズファンクグループの衝撃の日本デビュー作。本来私の好みの範疇ではないのだが、一度聴いて病みつきになった。この存在感は圧巻!

9.jpgFRANK CATALANO & JIMMY CHAMBERLIN Tokyo Munber 9☆☆☆☆ FRANK CATALANO はとてもファンキーなサックスを聴かせてくれるが、リズムセクションは完全にコルトレーンのそれ。最後のA love Supreme, Pt.1でその両者の融合の醍醐味が存分に発揮される。

10.jpgTERRY GIBBS92 Years Young: Jammin' at the Gibbs' House☆☆☆☆ 92歳のバイブ奏者の脅威のアルバム! こんな味な演奏をするバイブ奏者がいるとは知らなかった。100歳になってもビブラフォンを元気に叩いてるんじゃないだろうか?

11.jpgBaptiste Trotignon & Yosvany Terry  Ancestral Memories Import☆☆☆☆ フランスのピアニストBaptiste TrotignonとアメリカのYosvany Terry(アルトサックス)の共演作。これといった特徴はないのだが、何となくコンビネーションがよくて聴かせてくれる。

時代の空気1988-2017ー昭和Xデーとアベ独裁 [Politics]

もう30年近く前のことだ。それ以降に生まれた世代、あるいはその頃のことは記憶に残っていない世代も多いことだろう。1988年9月、ソウルオリンピックが開かれ、日本も水泳の鈴木大地選手やシンクロの小谷実可子選手の活躍などで大いに盛り上がった半面、その最中に昭和天皇ヒロヒトが倒れ、以降翌年正月明けに「崩御」するまで、異様な「自粛」ムードに包まれた。
当時私はテレビといえばタモリの「今夜は最高」と「ニュースステーション」くらいしか見ていなかったので、ワイドショーの様子などは全く知らないのだが、ひとつだけ記憶に鮮明なのは、井上陽水が出た日産セフィーロの「くうねるあそぶ。」のCMが、陽水の「みなさん、お元気ですか?」という台詞とともに「不謹慎だ」ということで放映中止になった「事件」だ。「象徴」という曖昧な地位の人間の死に、国民は厳粛な気持ちをもって臨まなければならないという「自粛ムード」の息苦しさに、天皇制を否定する私は耐えがたい苦痛を覚えた。
彼が死んだ日、私はちょうど当時持っていた深紅のベストを着て街に出た。それが私にできる最大限の「自粛ムード」への抗議であり、世の中にはそれさえはばかられるという同調圧力が流れていた。昨年のプミポン国王死去時のタイの風景を思い出してみればいい。プミポンは国民に慕われていたというが、ヒロヒトに対する国民の感情は複雑で、私も彼には戦争責任があると思い、また、「あっ、そ。それは文学的アヤの問題です」などと、すっとぼけた猫背のキャラにも嫌悪感を抱いていた。
彼の死後、1年の服喪期間はさすがに「自粛ムード」もどこへやら、世の中は翌年11月に予定されている新天皇の即位の儀、大嘗祭へと関心が移っていったが、今度は悲しみの強制から喜びの強制へと、まだまだこの重たく異常な空気が漂い続け、心底この国を出たいと思ったものだ。
ちょうどその頃、私は韓国人留学生と知り合い結婚し、折よくソウルで暮らすことになったので、後半の「祝賀ムード」の同調圧力を体験せずに済んだのだが……。

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昨年の朴槿恵退陣要求のデモ

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ソウルのデモで市民に歌われた歌


2013年以来、もう4年以上、あの時の息苦しさを凌ぐ窒息状態が続いている。そしてそれは弱まるどころがますます猖獗を極めている。毎朝、ニュースを読むたびに激しい怒りがこみ上げてくる。3.11以来、私は異次元へ迷い込んでしまったのか、長い悪夢を見続けているのかと思われる日々が続いてきた。
森友疑惑は当初、この悪い空気を断ち切る天から降ってきた絶好の機会と思われた。それまでの自粛、自己規制、忖度がウソのように、マスコミも連日この問題を報道した。以前だったら、閣僚の20人くらいの首が飛んでいただろうこのならず者政権も、ついに年貢の納め時が来たかと浮き足だったものだ。
だが、変わったと思われたマスコミの報道姿勢も、単に視聴率狙いと「みんなで渡れば怖くない」心理のたまものに過ぎなかったようで、問題の核心追及には及び腰で、それはある程度野党にも共通している。共産党も含めて、野党にはこの機を逃せばアベを倒せるチャンスは永遠に失うという危機意識が欠如しているようだ。それは市民の側も同様だ。昨年、朴槿恵退陣を求め、毎週100万、200万の市民が立ち上がった韓国の様子をうらやましく眺めていた私は、天地がひっくり返ってもこの国では100万、200万の市民が立ち上がることなどあるまいと思いつつも、せめて一桁少ないくらいのデモが起きてしかるべきじゃないかとは思っているのだが、脱原発、戦争法で国会周辺を埋め尽くした市民はどこへ行ってしまったのか?
ましてや一般国民をや、である。「森友劇場」の観衆は、面白おかしくそれを消費するだけで、その本質にはいっこうに目を向けようとしない。「だって、安倍さん以外に適当な人はいないでしょ」とへらへら笑っているだけだ。どうやらこの国の人々のアパシー、政治バカに、つける薬はなさそうだ。ただでさえそうなのに、この4年間のマスコミの御用化と政権の既成事実の積み重ねとマインドコントロールにすっかり魂を抜かれてしまったようだ。
目ざとくそれを見抜いた安倍晋三・日本会議一味は、ここへきて、あろうことか土俵際へ追いやられた「森友」そのものを武器に、籠池氏を切った刀で「森友」を全国化・普遍化するウルトラCの一発逆転マジックに打って出てきた。やれ、「教育勅語を学校で教えてもいい」、「『わが闘争』も教えてもいい」等々と閣議決定を乱発、それに便乗し、文科省は「銃剣道を体育で教える」とまで言い出した。
前述したように、私は「森友疑獄」でアベの首を取れなければ、アベが死ぬか重体に陥るまでこの独裁政権は続くし、これを機に「自主憲法」制定はじめ、極右独裁路線を一気に強化し、北朝鮮超えの異次元に入ると思っている。アベは「北朝鮮はサリンをばらまく」というようなフェイクを飛ばすくらいだから、かつて関東軍がやらかした柳条湖事件のように、国内でテロ事件をでっち上げて北朝鮮攻撃の口実にするくらいのことは平気でしかねない。もしそうなったら、私は逃げる。いや、それ以前に逃げる。どこか安全な第三国に亡命する。そうでなくとも、3.11の原発爆発で国土は放射能で汚染され、事故に学ぶこともなく原発再稼働に突き進む中で、いつ次の巨大地震が起きないかと不安に怯えながら暮らしているこの国だ。
私だって長年住み慣れたわが家を捨てたくはない。愛着もある。しかし、今にも崩れ落ちそうな、朽ち果てそうな、あるいは燃え落ちそうな家を死守する気は毛頭ない。そんな家と心中するつもりはない。たとえその家の中で、「おい、逃げるのか! 裏切り者!」と叫んでいる人々がいようと、知ったこっちゃない。それが理性と常識を備えた大人の判断だろうと思う。
もちろん、そうなる前に本来の安心して住める家を取り戻したい思う。しかし、それは私ひとりの力だけではどうにもならないことなのだ。
私は今でも「森友疑獄」、さらには「加計疑惑」をマスコミ、野党、市民が一体となって徹底追及することで、アベを倒せると思っている。しかし、それと同じくらい、このチャンスを逃したら、永遠にアベの悪魔の尻尾をつかむことはできなくなると思っているのだ。

桜満開姫路城 [Photograph]

岡山に越してから、一度姫路城へ行ってみたかったのだが、どうせなら桜の季節がいいと思っていたところ、ここ数日の天候不順で今年は無理かと諦めかけていた。しかし、昨日の雨もたいしたことはなく、どうやら桜を散らすほどでもなかったようなので、今日、急遽姫路行きを決め、念願を果たすことができた。桜は、岡山市より2日ほど遅れて満開を迎えたようで、ちょうど今が盛りだった。

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好古園

松田聖子が歌ったジャズ「SEIKO JAZZ」 [Jazz]

SEIKO.jpg松田聖子が出したジャズアルバムが一部で話題になっているようだ。私はジャズボーカルはほとんど聴かないのだが、Apple Musicの新曲でその「SEIKO JAZZ」が先週配信されたので、3回ほど聴いてみた。「グラミー賞はじめ数々の賞を受賞した川島重行のプロデューサーで、デビッド・マシューズがリーダーを務めるマンハッタン・ジャズ・オーケストラやマンハッタン・ジャズ・クインテットの精鋭メンバーがレコーディング参加」という贅の限りを尽くしたアルバムだ。
確かに松田聖子はアイドル時代から歌唱力があったし、サントリービールのCMソングで知られる「SWEET MEMORIES」というジャジーな曲も過去にある。私は聖子ファンではないが、「SWEET MEMORIES」は彼女独特の甘えたような歌声が曲にうまくマッチし、英語歌詞もけっこうイケていて、気に入っていた。
しかし、今度のアルバムは、なるほど55歳の円熟した松田聖子のこのアルバムに注いだ情熱が感じられるものの、ある意味優等生的過ぎていて、後に残るものがない。喩えていえば、ウィントン・マルサリスのトランペットにも似ている。
Jポップや演歌の歌手がジャズに挑戦した例は少なくない。比較的最近では、八代亜紀、UA、JUJUなど。なかでもJUJUは、ジャズを志してニューヨークに渡ったものの、自分の目指している音楽がジャズの範疇に納まりきれないものと気づきポップスに転向した過去を持つだけあって、過去2枚出したアルバムは力作で、私としては珍しく繰り返し聴いている。特に最初のアルバム「DELICIOUS」に収められた「Moody's Mood For Love 」は難曲だと思うのだが、さりげなく歌い上げていて、プロ顔負けだと深く感銘した。
逆の例としては、もう20年近く前のこと、当時人気だったあるジャズ歌手がJポップに挑戦した歌を、たまたまラジオで聴いたことがあるのだが、その時「この人、こんなに歌が下手だった?」という感想を抱いたのを覚えている。
歌というのはかくも難しいもの。演歌の達人だからといってジャズをやらせてもうまいとは限らないし、難しいと思われているジャズの歌手にJポップを歌わせても凄いという訳でもない。何を歌わせても超一流で人々をうならせることができる美空ひばりのような歌手は、百年に一度出るか出ないかだろう。
そういう意味で、松田聖子の「SEIKO JAZZ」は、「聖子らしく贅の限りを尽くして制作したジャズアルバム」以上でも以下でもないと思う。

音楽配信サービスで広がるJAZZの世界 [Jazz]

Jazzについてこのブログで書くのは実に2年ぶりだ。この間、ここで取り上げるだけの音楽に出会えなかった。
ところが、去年末、Apple Musicを使うようになって、Jazzの世界が一気に広がった。以前、Amazonプライムのお試しをして、1ヶ月間音楽配信を受けたが、少なくともJazzに関してはあまりにお粗末な品揃えで、ダウンロードして聴いたアルバムは1つだけだった。なので、3,000万曲といわれるApple Musicも、最初はあまり期待していなかった。ただ、3ヶ月間無料で聴けるので、どんなものか試してみようという気持ちから始めてみた。しかし、結果は予想を大いに裏切るものだった。
ことJazzに関しては、私がこの間CDで好んで聴いてきたミュージシャンの曲はほぼフォローされている。そして、毎週数枚ずつニューアルバムがアップされるので、自分が今まで接したことのなかったミュージシャンもいろいろ聴くことができる。
Jazzに関して、従来情報源はネットショップやジャズ雑誌で、ネット上では一部試聴できるものもあるが、いいかなと思ってCDを買ってみると裏切られることも少なくなかった。以前はFMのジャズ番組も聴いていたが、ラジオを聴かなくなって久しい。
つまり、新しい生のジャズの情報源が限られているため、最新のJazzに出会うことがなかなかなかった。ところが音楽配信サービスは、それを可能にしてくれた。
私は、3ヶ月の無料期間が過ぎても、月額980円を払って契約を続けることにした。980円なら年間1万ちょっと、CDのニューディスクを3~4枚買うだけの値段で、Jazzを幅広くいくらでも聴くことができ、気に入ったアルバムはダウンロードしていつでもどこででも繰り返し聴けるのだ。

最初にはまったのは、彼女が中学生の頃、YouTubeで聴いて凄いと思ったドラマーの川口千里。オルガニストの大高清美とのユニット「キヨセン」のアルバムも含めて早速ダウンロードしてじっくり聴き、彼女の才能に改めて感心させられた。こんなドラミングはビリー・コブハム以外に聴いたことがない!
海外の比較的新しいミュージシャンにも何人か出会えた。まず、ドラマーのジョナサン・ルンドバーグ。ドラム自体よりも、洗練されたサウンドが気に入った。
そして、今いちばんはまっているのがトランペットのクリスチャン・スコット。マイルス以降のジャズトランペットの新しい方向性を示しているように思える。
そのほかにも、若い頃、FMのライブ番組をテープに録音して何度も聴いていた高瀬アキが、その後ドイツに移り住み、数々の賞を取るなど現地で今も活躍していることを知った。往年と違い、その後フリーの方向へ進んだようだが、新譜で聴いたアルバムはサックスとのデュオで、気迫満点で、けっこう気に入っている方だ。
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私はこの10数年、仕事をしながらJazzを聴いてきたが、それは手持ちのCDを繰り返し聴き返すだけで、ライブラリーは徐々に増えるものの、きわめて保守的な営為であった。それがApple Musicを聴き始めてからは、ほぼ毎日、iPadで1日中曲を流している。今使っているiPadAir2はステレオサウンドの音質もよく、机やテーブルの上に置くとそれがスピーカーになって音質がさらに迫力を増すので、わざわざスピーカーにつなぐことはしていない。
日本は電子書籍の普及が遅れているので、本は未だ紙で読むことの方が多いのが実情だが、今度引っ越すときには、手持ちのCD数百枚は大部分処分するつもりでいる。

安芸の宮島・厳島 [Photograph]

翌日は安芸の宮島・厳島を訪れました。

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ロープウェイで弥山へ

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弥山山頂から

念願の広島訪問 [Photograph]

私用で広島へ行ってきた。岡山に来てから、一度は行ってみたいと思っていて果たせなかった宿願だった。
所用が済んで、さっそく平和公園を訪れた。間近に見る原爆ドームの存在感に圧倒されて言葉を失った。

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実は原爆ドームについては50年前の忘れられない思い出がある。当時小学6年生だった私は、NHKの朝のニュースワイド「スタジオ102」で、原爆ドームが老朽化し保存工事のための募金を募っていることを知り、同じクラスの親友に相談してクラスで募金を呼びかけ、集まった募金を市役所へ届けたことがある。私の反核反戦運動の原点といってもいい経験だ。

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その後、原爆資料館に入った。外国観光客を中心に、平日にもかかわらず、多くの入場者で混雑していた。展示のひとつひとつを追うごとにいいようのない圧迫感が胸を塞ぎ、息苦しさを覚えた。

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2014年8月6日の記念式典で、前年のコピペを読み上げ被爆者を侮辱した安倍晋三に改めて怒りがこみ上げてきた。その頃、すでに彼は、あの時代への回帰を理想とする「安倍晋三記念小学校」に共鳴し、それを実現させるために妻と二人三脚で何らかの政治力を行使していた可能性がある。安倍晋三を絶対に許せない。今、この政権をたたきつぶさなければ、「過ちを二度繰り返す愚」を犯すことになるだろう。

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原爆の子の像


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