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ロボットは人間から労働を奪うのか、人間を労働から解放するのか? [Post capitalism]

ここのところ、20年後にロボットが人間の労働の6割を奪うとかいう議論が世間を賑わしているが、私には「何を今さら…」感が否めない。今から20年前に韓日翻訳ソフトが登場した時、私は「10年後に翻訳者が駆逐される!」と直感した。そして実際、10年後に、(幸い私は職を失いはしなかったものの、)猛烈な合理化の波にもまれ、収入の何割かを減らしてかろうじて翻訳者として生き残った。そしてその時、「そう遠くない将来、ロボットやコンピュータ(つまりAI=以下象徴的にロボットと称する)が人間労働にとって代わり、資本主義が終焉を迎えるだろう」と悟った。
昨今話題のトマ・ピケティは、21世紀になって20世紀後半の大衆消費社会によって中産層が増加したものの、IT革命によって再び貧富の格差が広がっている現状を膨大な資料の裏づけによって説明してみせたたに過ぎない。1世紀半も前にK・マルクスが述べた窮乏化説を形を変えて説いているだけだ。
アダム・スミスからリカード、マルクスへと受け継がれた労働価値説は、生産力が向上すると資本は多くの労働力を吸収して彼らが生み出した剰余価値によって資本家階級が富む一方労働者階級は窮乏化し、さらに恐慌によって大量の失業者を生み出すが、新たな技術革新によってより高度化した生産力がいっそう多くの労働力を再び吸収するという景気の循環を繰り返して経済が成長していく社会を分析した。
ケインズはこうした資本主義の極端な景気循環と富の集中を緩和する政策を打ち出したが、正統マルクス主義はこうした福祉主義的政策を修正主義と断じた。しかし、実際に第2次大戦後の世界経済は、このケインズ主義を発展させて、先進国に福祉社会と大衆消費社会を実現したのだ。
ところが、最初に述べたように、20世紀末から始まったIT革命は、ロボットが完全に人間労働を代替し、技術革新=イノベーションが雇用の促進=失業者の吸収をもたらさなくなった。つまり、(人間)労働価値説の破綻である。そこを見ずに無理に20世紀型の高度成長を続けようとすれば、アベノミクスのように湯水のように財政出動したり増税して企業を富ませることになるが、それはますます富の集中をもたらし、決してトリクルダウンなど実現されはしない。
ピケティが主張する税制改革はこうした現状の当座しのぎにはなるだろうが、ワークフェアを原則とする北欧福祉社会が壁に直面しているのを見ても分かるように、根本的な解決策とはほど遠い。
確かに短期的に見れば、ロボットは人間から労働を奪う。20年後にどれほどの人間を失業に追い込むかは、技術開発の進展以外にも、労働政策や失業者の増加による社会不安の強化など、複数の要因によって複雑に決定づけられるであろう。実は、今現在の技術力でも、ロボットが労働者から奪おうとすれば奪える職種は決して少なくないのだ。例えば、スーパーやコンビニのレジ、アマゾンのようなネット通販の倉庫の出荷作業をはじめとして、税理士業務、会計士業務など、単純労働に留まらず、比較的社会的ステータスの高いとされる労働も、技術的には簡単にロボットへの代替が可能なのだ。ただ、単純労働に関していえば、ロボット化するための設備投資や好不況の影響によるムダを考えれば、非正規雇用の低賃金労働者を雇い、景気が悪くなれば使い捨てるほうが効率的であり、税理士業務や会計士業務に関していえば、業界団体の既得権益確保のための社会的発言力の強さがそれを阻んでいるに過ぎない。


しかし、ロボットの人間労働への代替は確実に進んでいくだろう。だが私たちは、長期的に見れば、そのことを恐れる必要はないし、むしろ大歓迎すべきなのだ。
社会の価値=富の大半をロボットが生み出すようになれば、今の経済システムを維持することが困難になる。世界中に失業者が溢れ、住む家も失い、飢えに苦しめられる。それは大変な社会不安と混乱を生む。一方、ロボットの生み出した富をその所有者=資本家が独占したら、その生産物が社会に流通しなくなる。ロボットが血液を生産して心臓から全身へ送り出しても、末端の血管が詰まっていたら生命体は維持できないだろう。つまり、1%の富の独占者はその富をロボットによって仕事を失った者たちに還元しない限り、経済社会を維持できなくなる。
こうした極限状態に至る前に、多くの国では現実的な解決策としてベーシックインカムを採用するだろう。ロボットによって社会には十分な富が供給される。しかし、大多数の国民は衣食住を賄うための賃金を得るための仕事が不足している。そのアンバランスを最も合理的に解決する手段は、恐らくどんな税制改革よりも、税制改革を伴うベーシックインカムこそにあるだろう。
そうして何十年かの後、大部分の労働をロボットが担うようになった時、人間は初期マルクスの言った「疎外された労働」つまり、機械の一部に組み込まれた無味乾燥な労働であるとともに、資本に搾取された労働でもあるという二重の意味で疎外された労働から解放されるだろう。
そしてその時、ベーシックインカムは基本所得であることをやめ、必要所得になるだろう。つまり、人々は必要な時、必要なだけ物をタダで手に入れることができるようになる。そうすると、世の中に交換手段としての貨幣も必要なくなる。
そしてその時、人間は初めて他の動物たちと袂を分かち、真に知性的生物に生まれ変わるだろう。つまり、人間は食べるために働くという他の動物たちと同じ営為の繰り返しによって生まれ死んでいく循環から解放され、真に自己実現のための仕事のために、よりよく生きることができるようになるのだ。
そのような社会には、金をめぐる争いごとはもちろん、あらゆる争いごともなくなり、戦争がなくなるだけでなく、国境も消失するだろう。
しかし、その時、人間にとっていちばんの敵は、自ら作り出し、もはや人間の知能を超えたロボットという存在にならないという保証はない。

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