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資本主義を革命する市民新党 [Post capitalism]

革命という言葉が死語になって久しい。いや、それは政治の世界に限ったことで、今や革命という言葉は産業界の専売特許のように使用されている。やれIT革命だ、やれロボット革命だ、はたまた美肌革命だと…。政治の世界では、1970年代に革命的を名乗る集団によるテロや内ゲバが横行するようになって、それは禁句となってしまったのだが…。
実際、政治の世界では左翼、リベラル派は、やれ「憲法守れ」、やれ「民主主義を守ろう」と、もっぱら社会を保守することに余念がない。そして一方、保守を僭称する極右派は、「戦後レジームからの脱却」をめざし、既存政治体制の「変革」=破壊活動の急先鋒を担っている。
アメリカでは大統領予備選挙の民主党候補に社会主義者を名乗るバーニー・サンダース氏が政治革命を訴えて善戦している。今こそ日本のリベラル市民派は、後ろ向きの保守主義を脱却し、真の革命を目指さない限り、自らも、そして何より日本社会の未来もないことを自覚すべきだ。

21世紀の2段階革命論
第1段階:国債をチャラにし、特別会計を廃止
ではいかにして今の社会を革命していくのか? それは現体制の暴力的転覆でもなく、立憲体制=日本国憲法の否定でもない。生半可な「改革」では不可能になった諸問題を、より本質的に「革命」していくだけのことだ。
例えば、ついに1千兆円を超えた財政赤字。これは少々の痛みを伴った「改革」で解消できる問題ではない。私は3・11後に提唱した「脱原発市民自治政府」構想の中で「積極的デフォルト」を唱えたが、当時でさえ「日本の財政赤字は大部分対外債務ではないから、いくら増えても全然問題ない」などと脳天気なことをうそぶく「政府批判派」とおぼしき人々が少なからずいた。

予算案.jpg

昨日衆議院を通過した今年度予算案を見ると、国債費は歳出の24%を占める23兆4,507億円だ。実に予算の4分の1を借金返済に充てている。歳入に至っては38%と4割近くを国債発行=借金でまかなうことになる。これを称して、「国の借金を国民ひとり当たりに換算すると830万円」などとよくいわれるが、冗談ではない。われわれはその恩恵をほとんど受けることなく、毎年搾り取られた税金で、国債を買った人や機関への償還費や利息を払ってきただけだ。一般会計には現れないが、特別会計から年間100兆円近くが国債償還費として支払われている。つまり、国にとって赤字財政の根源となっている国債発行も、それを買った人や機関は、これまで巨万の利益をそこから得てきているのだ。

特別会計.jpg

そして、日本の財政赤字の9割近くを占める国債の過半は、銀行・保険会社等の金融機関が占めている。「赤字財政、問題ない、問題ない」と楽観論を振りまいていた人々は、結局金融資本の回し者だったというわけだ。

債務.jpg

ここらで借金をチャラにしても、バブル崩壊後の金融破綻の危機を公的資金の投入、つまり国民の税金によって救ってもらった金融機関に文句を言われる筋合いはない。その代わり、二度と赤字国債を発行しないという縛りをかける必要はあるだろうが。たしかに、「日本の財政赤字は大部分対外債務ではないから」、そのことによって日本が、EUに厳しく責め立てられているギリシャや、貪欲なウォール街に身ぐるみはぎ取られかねないアルゼンチンのようになる心配はない。ただ、金融機関に少々の急性の痛みにしばらく耐えてもらえば済むだけのことであり、大部分の金融機関はそれに耐えうる体力を持っているだろう。ただ、なけなしの財産を国債につぎ込んだ個人投資家の一部の人々には、それなりの保証が必要になるだろうが…。
第2に、民主党政権も手をつけようとして果たさなかった特別会計の全廃だ。こちらは200兆と一般会計の倍以上の規模で、不透明な処理が問題にされてきた。もちろん、様々な有事に備えてあらかじめ予算を確保しておくことは必要だろう。だったら予備費として予算を毎年一定額確保しておき、収支決算をすべて透明化すればいいだけの話だ。
これだけで、赤字国債をこれ以上発行することなく、さらには消費税を再引き上げすることもなく、社会保障制度に今までより手厚く予算を使うことができる。そして、財政の健全化が図られるだろう。

第2段階:税制の抜本改革によってベーシックインカムを導入
そうした上で、税制の抜本改革を図るべきだ。アベノミクスの根本思想といってもいいトリクルダウン理論は、いってみれば乾燥しきった森林に上空からヘリコプターで散水すれば、梢を潤した水がそのうち根元にもしたたり落ちていくだろうというばかげた理屈だが、森の自然を知る者は、乾いた土壌を水と養分で満たしてやれば、樹木はそれを木の梢まで吸い上げて再生し、森林全体が緑を取り戻すことを熟知している。税制も同じだ。
今、日本のGDPは1970年代の水準にまで低下している。とりあえず、税制もその頃程度の累進課税に戻すのが格差是正に不可欠だ。そして、格差を再生産する相続税に関しては、一定額以上を100%課税するのが妥当だろう。
その上で、憲法25条で保障された生存権を全うするために、すべての国民に無条件に最低限度の生活を保障するベーシックインカムを導入する。保障程度は現在の生活保護水準が妥当だろう。つまり、すべての国民に保障される基本給付に家族単位に保障される住宅給付、そして医療費と教育費の無料化などだ。住宅給付は今問題になっている空き家を最大限活用して供給すれば一石二鳥だ。医療費問題については、薬漬け・検査漬けの現行医療制度を抜本改革し、免疫療法や漢方療法、栄養療法など、現在代替療法とされている療法を積極的に取り入れ、国民の健康増進を図って薬剤費や検査費を減らせば、高齢者の健康も増進し、医療費の劇的減少をもたらすだろう。
さらに、産業構造をポスト資本主義を見すえて抜本改革する。私は2005年に自身が直面した経済状況から資本主義の終焉を悟ったのだが、当時は誰も相手にされなかった資本主義終焉論を、今では多くの学者が唱え始めている。私はIT革命による人間労働のロボットやコンピューターへの置き換えが、資本主義の景気循環と失業者の技術革新による再吸収というサイクルを不可能にするという観点から資本主義の終焉を予想したのだが、例えば経済学者の水野和夫氏は資本主義中心部の周辺部への収奪構造の行き詰まりという側面から資本主義の終焉を予測する。また、最近になってようやく、ロボットが将来、人々の労働を奪うということがリアリティーをもって語られ始めた。
だが、資本主義がこれ以上収奪する場所を失い成長をやめ、ロボットが人間労働を奪うことは、何も悲観すべきことではなく、むしろ喜ぶべきことである。これにより、人々は自転車をこぎ続けない限り倒れてしまうという資本主義の成長神話=過剰生産・過剰消費という強迫観念から解放され、意に沿わない生きるための、金稼ぎのための賃金労働からも解放され、ベーシックインカムによって基本的な生存権が保障される。日々必要な衣食住はロボットが生産してくれるので、人々は生きがいを見いだし、やりがいのある「仕事」を探し、それを行うチャンスを誰もが得ることができるのだから。
そういう方向に社会を持っていくには、産業構造を第一次産業(農林漁業)と第四次産業(IT等先端産業)中心へと変えていく必要がある。そして、前者はもちろん、後者も産業の地方分散化を図ることで、都市と地方の格差解消を図ることも必要だ。
ベーシックインカムなど夢物語だろうか? 今年6月には、スイスでBI実施の可否を問う国民投票が行われる。その結果の如何を問わず、BIは単なる理想ではなく、今や資本主義が直面する困難な状況を解決する有力なオルタナティブとして浮上しているのだ。
日本では、政治とは現実に直面している問題を「現実的に」解決していくことだと矮小化されてきた。政治家が理想や哲学を語り、一見非現実的な政策を口にすると、青臭いとか、非現実的な理想論と一蹴されてしまう。しかし、そうした誤った政治への認識と態度が、今日の政治の混迷と劣化を生み出したのだ。このような状況だからこそ、政治は理想と哲学を語り、高邁な政策を掲げるべきなのだ。そして、政治家に必要なのは、揺るぎない確かな意志と何者にも屈しない決断力・実行力だ。

今日本の政治に求められているのは、このような21世紀の現実に即応しうる理想と哲学と代替策を持った全く新しい政党の登場だ。私のような素人でもこの程度の未来像は描けるのだから、各専門家が参画する市民新党を結成すれば、国民への訴求力は抜群だ。今こそ政治を市民の手に獲得すべき秋なのだ。
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