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ロボット社会の到来とベーシックインカム・第2部②ーロボット労働と絶対的過剰人口 [Post capitalism]

労働力商品
 ところで、マルクスは資本主義における賃金労働者の労働力は商品だと述べた。労働力商品論だ。最近この「労働力商品」という言葉は否定的ニュアンスに解釈されることが多いが、マルクスは資本主義経済の下で人間労働は「商品」として物象化される、ないしは疎外される、だからこそ、社会主義革命によってそうした商品としての労働は本来の尊厳を取り戻し、誰もが自分の仕事に誇りとやりがいを見い出すようにならなければならないという理論(労働の資本からの解放)の下、労働力商品という言葉を歴史的に限定された用語として用いたのだ。私たちも資本主義経済の下、賃金奴隷として自らの労働力を商品として売る以外に生きるすべがない大部分の労働者の現状を直視する必要がある。
 そして、労働力が商品である以上、その価値、価格は市場原理によって決定される。好況期に労働力不足に陥れば、あるいは成長分野のある部門の働き手が足りなくなれば、その労賃は当然上昇する。半面、不況期に突入したり、構造的な不況業種の労賃は下降する。また、商品市場においても政治的要因や自然要因等、様々なファクターが価格決定を左右するように、例えば前述した労働組合の存在が賃金決定に一定の影響力を行使する。同一業種でも、労働組合のある企業とない企業では、一般的に前者の方が同一労働・同一職種でも賃金が高くなる。

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労働省『毎月勤労統計調査報告』
伊代田光彦著「戦後日本の分配率変動と実質賃金率」第2表より作成
 図Ⅰ-2は戦後の高度経済成長期の実質賃金上昇率を表したものだが、特に60年代後半から1973年のオイルショックまでの期間、高い上昇率を示している。

イノベーションは絶対的過剰人口を生む
 1989年、ベルリンの壁が壊され、ソ連・東欧社会主義圏が崩壊すると、それまで成長を続けてきた資本主義体制はソ連・東欧諸国をも飲み込み、永遠の繁栄を約束されたかに見えた。
 しかし、皮肉にもまさにこの時期、社会主義に勝利した資本主義の自壊が始まった。折から先進資本主義諸国で始まったIT革命は、それまでの資本主義的生産様式を突き崩し、それを破壊する役割を担っていた。*、**
*たとえば、20世紀末の1992年に、「日本における情報通信サービス・製品の市場規模は、電気通信サービス約七・九兆円、放送サービス約二・八兆円、情報サービス約七・一兆円、放送を除く情報メディア約五・七兆円、電子機器約二一兆円(うち通信機器約二・八兆円)、合わせて総計約四五兆円に達し、自動車産業の市場規模にほぼ並ぶまでになっている。」(伊藤誠・岡本義行編著『情報革命と市場経済システム』富士通経営研修所、1996年)
**ケインズ主義的経済政策に取って代わって新自由主義が登場するのもちょうどその時期で、1980年を前後して、イギリスでマーガレット・サッチャー首相、アメリカでロナルド・レーガン大統領が誕生した。(日本でもそれに続いて中曽根康弘内閣が誕生した。)こうして、ヨーロッパも含めて、社会福祉の見直し、規制緩和、民営化等、新自由主義的経済が浸透していくことになる。日本でも〝中曽根臨調〟のもと3公社5現業の見直しが進められ、1987年には国鉄が民営化されJRグループが誕生した。また、最初の労働者派遣法が制定されたのは、1986年のことである。
 何故か? 資本主義経済において技術革新は、前述したように生産力の高度化をもたらし、それは新たな革新分野に失業者を吸収し、経済成長をもたらしてきたが、IT革命におけるイノベーションはそのような経済の循環構造を逆に断絶する。つまり、IT革命におけるイノベーションによってもたらされた新たなシステムは、基本的に人間労働を吸収するどころか排除する。相対的過剰人口は絶対的過剰人口に転化する。*

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*バブル経済が崩壊するまで、日本は経済先進国のなかで長時間労働と失業率の低さが際立っていた。しかし、バブル崩壊後の1990年代以降、労働時間も失業率も「先進国並み」になった。(上図)
「第4次産業革命」という言葉も用いられているが、現在直面している革命は、資本主義の一段階を画するような「産業革命」ではなく、資本主義そのものを死へと導く文明史的時代の転換を画する「ポスト資本主義革命」の始まりなのだ。

ついに「ほんやくコンニャク」が実現する
 翻訳産業にもたらされた翻訳ソフトや翻訳メモリ*は、翻訳産業に新たな労働力を呼び込むことはなく、反対に多くの翻訳者から仕事を奪う。
*日本語と文法構造の異なる英語等の翻訳に用いられている機械翻訳システム。翻訳データを蓄積することにより、類似構文、類字用語の文章を原文に当てはめて翻訳作業の効率化を図る。インターネットの発達により情報量が増えれば増えるほど、より効率的な翻訳作業を実現し、翻訳者の作業はコンピューターの下請け作業、単純労働化する。
 週刊東洋経済Eビジネス新書『技術革新は仕事を奪うか』のなかの東京大学大学院准教授・松尾豊へのインタビュー「AIが変える仕事の未来」では、2015年12月にカナダ・トロント大学でドラえもんの「ほんやくコンニャク」の実現に向けたAI技術の衝撃的な発表がなされたことが述べられている。
 それによると、例えば英語を入力するとAIがその内容をイメージし、それを日本語に置き換えるという。つまり、「「飛行機が晴れた空を飛んでいる」という文を入力すると、AIが本当に飛行機が飛んでいる絵を描く。「雨の中を飛んでいる」に変えると、雨っぽい背景に変わる。人間が物語を読みながら頭の中でイメージするのと同じだ。」「自動翻訳機能の技術的に難しいとされていたところは、これによってかなり突破されてしまった。」
 10年ほど前、「機械翻訳が翻訳者を駆逐する」という強い危機感をもってある英語翻訳ソフトを出しているIT企業を取材したとき、担当者が「英語←→日本語のこれ以上正訳率の高い翻訳ソフトを実現するには、本格的なAIが開発されないと難しいでしょうね」と言っていたのを思い出す。そのときがついにやってきたのだ。松尾は、実用化は今後10年前後で可能だという。
 そのときには、韓国語はもちろん、英語、中国語等、主要言語の翻訳者は書籍翻訳者も含めて、いよいよ完全に失業することになるだろう。それどころか、人間にとって翻訳と通訳は脳の別の分野を使う異なる作業だが、コンピューターにとって通訳は〈音声認識+翻訳+音声出力〉に過ぎないので、高度な技術と訓練を要する同時通訳者の仕事まで一気に奪うことになる。

人間はロボットの「代替可能商品」
 オートレジの普及は、そのうち無人のコンビニや無人スーパーを生み出すだろう。*いや、現在でも無人コンビニや無人スーパーを作ることは十分可能だが、それにかかる設備投資の額よりも、最低賃金ぎりぎりで雇うことのできるアルバイトやパート労働者を使った方が安上がりなので、オートレジが急速に普及しないだけの話だ。現にバブル経済崩壊後に金融業界が再編されたころから、銀行の無人ATM設置ヶ所が急速に増えるとともに、銀行の支店や出張所がどんどん統廃合されていった。
*「コンビニで私たちが店員さんと交わす会話は、せいぜい十秒ぐらいの長さだろう。この程度の内容と長さの会話を実現するだけであれば、おそらくアンドロイドで十分間に合う仕事だと思う。そう考えると、アンドロイドが成り代われる人間の作業は、私たちの暮らしの中にいくらでもある。」(石黒浩・池谷瑠絵著『ロボットは涙を流すか』PHPサイエンス・ワールド新書、2010年)  いわば人間の労働は今やロボットやコンピューターやAIに従属する「代替可能商品」にまで貶められた。

ペッパーが接客業における人の優位性を凌駕する日
「SankeiBiz」2016年6月6日の「AI新時代、奪われるヒトの仕事 執筆・接客代替、弁護士ですら置き換わる?」という記事に、以下のような文章がある。
「ネスレ日本(神戸市)は2014年末からソフトバンクグループの人型ロボット「ペッパー」を家電量販店の売り場などで接客に使っている。ソフトバンクによると、導入店舗の売り上げは15%伸びたという。ペッパーの導入以前は店舗ごとに接客のアルバイトを雇っていたが、人件費がかさむため、対象店舗は立地の良い数十カ所に限られていた。既に約150台を導入したが、数年以内に1000台まで増やす計画だ。
 ソフトバンクによると法人向けリースの場合、ペッパー1台当たりの導入費用は月5万5000円。仮にアルバイトを1カ月(30日)にわたり1日8時間、時給1000円で雇った場合、月24万円の人件費が必要となる。アルバイトを1人雇う代わりに、ペッパーを使えば月18万5000円のコスト削減が可能となる。顧客情報を蓄えたビッグデータを基に、ペッパーが個人の嗜好(しこう)に応じたきめ細やかな対応が可能になれば、接客業における人の優位性も失われかねない。」
 アメリカIBMの創始者トーマス・J・ワトソンの名をとった同社のコンピューター「ワトソン」はAI技術を用いて、「言葉を単なる文字列として把握するのではなく、自然言語処理によってその意味まで理解できる」(前掲『技術革新は仕事を奪うか』中の「ロボットが同僚になる日」)という。そして、近いうちに「ワトソン」を搭載したペッパーが発売されるらしい。そうすると、ペッパーはより「人間的」な接客が可能になり、ただ人間的であるばかりでなく、完全に「接客業における人の優位性」を凌駕することになるだろう。

ロボットが家事労働を代替
 さらにいえば、AI、ロボット等は家事労働も完全に代替するようになるだろう。戦後の家庭用電化製品の普及が大衆消費社会を実現し、主婦を家庭から解放して労働市場に送り出したことはすでに述べたが、近年のお掃除ロボの普及やIoT化は、あらゆる家事労働から人間を解放することになるだろう。イギリスのモーリーロボティクスが開発した全自動調理ロボットは2千食のレシピをこなす優れもで、2018年ころに発売予定だという。
 20世紀後半にはフェミニズムの観点から「家事労働に賃金を」という主張がなされた。私はそれ自体、資本主義的発想に縛られた逆立ちした論理だと思っていたが、今や賃金労働がロボットに奪われる時代を迎えて、「家事労働をロボットに」がフェミニズムの新たなスローガンになるのだろうか。
 しかし、資本主義的イデオロギーの枠内にあったフェミニズムは、女性の社会進出=労働参加を求めるあまり、家事労働のなかに育児労働まで含め、託児施設や保育施設を社会に求めてきたが、人間が真に賃金労働から解放されたとき、逆に育児は労働であることをやめ、男女を問わずひとつの〝自己実現〟、あるいは本来の人間らしい営み=仕事に姿を変え、ロボットに預けるべき対象であることを忌避するのではないかという気もする。子をつくり産み育てる行為は、人間の動物的本性に根ざした最も根源的な存在意義=種の継承に関わることだからだ。そこまでロボットや未来のテクノロジーに委ねることは、労働力の商品化から取り戻した人間性をかえって毀損することになりかねない。

単純労働から高度な専門職までロボットが代替
 私が、翻訳の仕事が急激に減って大打撃を受けたころ、疑問に思ったことがひとつある。それは、コンピューターが本来苦手とするファジーな言語を対象とする翻訳さえ翻訳ソフトが急速に普及し、今や翻訳者を駆逐しつつあるというのに、コンピューターが当初電子計算機と呼ばれたように、本分とする計算作業を基本とする税務申告ソフトがなぜ開発されないのだろうか、という素朴な疑問だった。私も翻訳の仕事がうまくいっていた一時期、事業を法人化して毎年青色申告をしていたことがあるのだが、自由業時代の白色申告とは比較にならないほど申告作業は面倒で、素人には太刀打ちできないものだった。かといって、税理士に依頼する余裕もなかったので、毎年適当に書き税務署で係の人に聞きながら訂正して提出していたのだが、当時会計ソフトはあっても、税務申告ソフトは存在しなかった。
 フリーの翻訳者には組合のような組織は皆無だ。だから、仕事をもらう翻訳会社に仕事量も単価もいいなりになるしかない。また、日本翻訳連盟という業界団体はあるが、各翻訳会社は最大手でも従業員数百人規模で、大部分は従業員数名~数十名の中小零細企業だ。政治的発言力もほとんどない。
 一方、税理士の場合は税理士会という強力な組織を持っている。政治力を利用して、会計ソフト会社に圧力をかけ、税務ソフトの開発に待ったをかけていたとしても不思議ではない。実際、当時ある用件でどうしても税理士の力を借りなければならないことがあり、ある税理士事務所に行ったことがあるのだが、事務所内の事務はすでにIT化されていて、こちらの依頼事務をたちどころに解決してくれた。
 それから10年以上経つが、今では青色申告ソフトが市場に出回るようになっている。個人経営、小規模経営、ベンチャー企業などが多く利用しているようだ。そのうえ、無料ソフトさえネット上で手に入る。
 一方、税理士の方も手をこまねいて見ていたわけではなく、クラウド会計ソフトを導入して企業とオンライン化し、合理化・価格引き下げで生き残りに賭けているようだ。「10年後には税理士などいらなくなる」という話も、業界では人口に膾炙されているらしい。十数年前の韓国語翻訳の世界と似たような状況か? 「使い物にならない」初期の翻訳ソフトも、当初は翻訳者が翻訳支援ツールとして有効に活用していた。しかし、結局は使いこなしていたソフトに、今や翻訳者自身が低賃金で使われ、挙げ句に駆逐されようとしている。(翻訳業にしろ税理士業にしろ、20世紀には「専門職」と呼ばれ一定程度の高収入が保障されていたが、21世紀に入るとコンピューターはそれらの業務から専門性を剥奪し、翻訳者や税理士は単純なパソコン操作によってその業務を補助する「単純労働者」へと変貌させられた。)

Dr.ロボットが診断を下す日
 日本で最大級の圧力団体といえば、日本医師会がそのひとつにあげられよう。医療の現場でも、すでに病院向け電子カルテの普及率は31%に及び、400床以上の大規模病院の場合に限れば約7割に及ぶという(2013年、「日経デジタルヘルス」)。また、先端医療の分野では、手術ロボットの開発も進んでいる。電子カルテの普及も手術ロボットの活用も、病院経営サイドから見れば合理化、病院のステータス強化に役立つものとして積極的に導入されていくのだろうが、こうした医療のIT化、ロボット化がいつか医師そのものの存在を不要にすると気づいたとき、医師や医師会はそれを全力で阻止しようとするだろう。あるいは、静かに進行する革命は、気づいたときにはすでに手遅れになっている、という事態も予想されうる。

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手術支援ロボッda Vinci

 例えば、20年後の医療はこんなふうになっているかもしれない。
 日々の健康管理は一家に一台普及している家庭用ロボットがしてくれる。そして、少しでも体に異常があれば、インターネットを通して地域医療センターに情報が送られ、適切に対処される。もし検査が必要と判断されれば、医療センターに行って必要な検査を受ける。もちろん、医療センターはほとんど無人で、検査もロボットの案内に導かれるままスピーディーになされていく。検査結果もたちどころに出て、その結果は、もしかしたらDr.ロボットかアンドロイドのスーパードクターの口から聞かされることになるのかもしれない。万一、手術が必要なときには、当然のことながら手術ロボットが活躍することになる。
 このように、工場内の流れ作業や、スーパーのレジ打ちといった単純労働から、医療といった高度な専門職の分野まで、あらゆる人間労働がロボット、コンピューター、AI等に代替されるようになるだろう。そしてそれらロボットやコンピューター自体、やがてロボットやコンピューターが生産するようになるだろう。
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