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相模原事件、ヘイト社会の変革なしに再発は防げない [etc.]

事件を口実にした措置入院制度の強化を許さない!
知的障害者19人が殺害された相模原事件を受けて、安倍首相は関係閣僚会議で「措置入院後のフォローアップなど必要な対策を早急に検討して、実行していきたい」と述べ、厚労省は措置入院のあり方を見直す有識者会議を8月にも設置するという。とんでもない話だ。
そもそも措置入院が規定されている「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」は「精神障害者の福祉の増進及び国民の精神保健の向上を計ることを目的と」している。社会防衛が目的ではない。また、「精神障害者」の人権を侵害するものとして、この措置入院制度は従来から問題とされてきたし、精神保健指定医2名の鑑定結果によって患者の意思に反して強制入院させることのできるこの措置入院のほかにも、昨年、法が改定され、3親等以内の誰かの同意があれば強制入院できることになった医療保護入院も、大きな問題があると指摘されている。
また、植松聖本人が退院後、友人に「医者をだまして出てきた」と話していたように、精神科医に「患者」の「病状」を見抜く力などなく、医師は「患者」が反抗的か従順かによって恣意的に入院の継続も退院も決めることができるのだ。
そもそも、植松聖が「他害の恐れ」のみをもって措置入院させられたこと自体、妥当であるか疑わしい。彼には精神障害の既往歴もなく、指定医はもっともらしい「病名」をつけて鑑定しているが、彼が本当に「精神障害者」なのかも疑問だ。少なくとも、彼が書いた手紙を読んでも、内容の適否はともかく、文章自体はきわめて理路整然としているし、事件前になにか理解不能な支離滅裂な言動を行ったとも報じられていない。なのになぜ措置入院なのか?
そうしたことも検証せずに、措置入院のあり方が見直されれば、法本来の趣旨を逸脱し、社会防衛の観点から、「危険人物」を「精神障害者」として隔離収容する人権侵害がまかり通ることになりかねない。
1975年に封切られアカデミー賞を受賞した映画カッコーの巣の上で」は、刑務所から逃れるために詐病により精神病院に送られてきた主人公が、あまりに反抗的で、病院内で様々な問題を起こすため、前頭葉を切断するロボトミーを受けさせられて廃人にさせられる話であるが、精神医療と精神病院の本質を見事に活写していた。ロボトミーはあまりに非人道的であるために、今日日本では行われなくなったが、代わりにそんなことをしなくても、大量の向精神薬を患者に投与し、おとなしくさせることができるようになった。精神科病院は精神疾患を直す病院ではなく、「精神障害者」を隔離収容しておく収容施設に他ならない。日本の精神医療は、32万人(そのうち1年以上の長期入院患者が20万人)という全入院患者のうち実に4人に1人が精神科という、世界でも異常な状態にある。
その異常な現状を放置して、植松聖というきわめて特異な犯罪者の犯罪を口実に、「精神障害者」への人権侵害を強化しかねない措置入院制度の見直しなど言語道断である。そもそも精神がい害者の犯罪率は健常者のそれより少ないという指摘は大昔からなされてきているのだ。

社会の変革なしに事件の予防策なし
今回の事件のような大量殺人は、従来なら「きわめて特異な事件」として、数十年に1回の頻度でしか起きる可能性のないものだったが、このブログで前回述べたように、資本主義が終末期に入り、社会の1%の人々が富を独り占めにして99%の人々を生きにくくし、格差と差別と貧困がますます酷くなる社会では、生きにくさを抱えた人々の怒りや恨み、憤りが不条理な暴力となって爆発し、それが今日、世界を襲うテロリズムの根源にもなっている。
とりわけこのニッポンでは、数年前からそうした地下のどす黒いマグマが「朝鮮人殺せ!」などと叫ぶヘイトスピーチに象徴されるように、社会的弱者を攻撃する言動となって噴出してきた。視覚障がい者に人混みで故意にぶつかる事件が相次いだのも、つい2、3年前のことだった。生活保護バッシングが続き、その後、生活保護費の削減が強行された。
そして、そうした差別や排外主義の劣情に支えられて登場したのが安倍政権に他ならない。日本会議のみならず、安倍政権を熱烈に支持して支えているのが、「朝鮮人殺せ!」と叫ぶ差別主義者であることは覆い隠しようのない事実である。そして、植松聖も、そうした社会に蔓延する劣情に感化され、「障がい者はいないほうがいい」という優生思想を抱くようになり、「ヒトラーの思想が降りてきた」と言い、政府の決断をもらえれば260名の障害者抹殺の作戦をいつでも実行すると、安倍晋三に「切に願う」手紙を国会まで持参した。
しかも、この手紙を受け取った政府関係者は、彼を脅迫罪で逮捕するでもなく放置し、一方的に彼に思いを寄せられた安倍晋三は、今回の犠牲者に哀悼の声明を発することもなく、寡黙を貫き通している。
狂っているのは植松聖だけではない。この社会が、世界が狂気の劣情に取り憑かれているのだ。ヘイトの脅威にさらされているのは障がい者だけではない。アベノミクスの下、ますます食えなくなって生活苦に喘ぐばかりか、世間の目を気にしながら肩身の狭い思いをして命をつないでいる生活保護受給者、その数倍にも及ぶ生活保護水準にある非正規雇用のワーキングプア、この国にとって常に従属と支配の対象であり、今また理不尽な犠牲と暴力を強いられている沖縄県民、「食べて応援」「復興支援」の絆のかけ声の下、実質的な強制帰還政策によって一般人の年間1ミリシーベルト許容量の20倍の被曝を強いられている福島県民……
この狂った社会を根底から変えていかない限り、残念ながら今回のような凄惨な事件は、またいつ起きるとも限らない。そして、次の事件を敢行する犯人が、ひとこと「アラー、アクバル!」などと叫びでもすれば、すぐさま「イスラム国」はジハードを敢行したのは「日本のムジャヒディン」だと声明を出し、ここぞとばかりに安倍首相は、午後6時からの記者会見を開き、NHKの生放送を通して、「緊急事態条項」を含む「憲法改正」が喫緊の課題だと力を込めて述べることだろう。

ついに日本でも起きてしまったテロ事件 [etc.]

ついに恐れていた痛ましいテロ事件が日本でも起こってしまった。

9・11が開いてしまった「テロの時代」
国家は国内の矛盾を逸らすため、常に外に「敵」を求める。20世紀を通して資本主義諸国にとってそれは長らく「共産主義」であり、とりわけ第二次大戦後は米ソ対立による「冷戦」構造がその対立図式を有効に作用させた。しかし、1990年前後の社会主義体制の崩壊によって、西側資本主義は「勝利」し、資本主義の「我が世の春」が訪れたかに見えたが、新自由主義の台頭と折からのIT革命が資本主義諸国の内部に新たな分断と断絶を生み、資本主義は新しい「敵」の存在を必要とすることとなった。
9・11こそ、天から降って湧いたその新たな敵にほかならなかった。「テロとの戦い」が資本主義諸国にとっての至上命題となった。しかし、ここぞとばかりにブッシュが勇んで出かけたイラク侵略は、テロリズムの予想外の拡散を招く結果となった。

資本主義こそテロの温床
当初、「イスラム原理主義」とか「イスラム過激派」と名づけられたテロリストたちはイスラム諸国対西側資本主義諸国の対立図式を示していたが、テロリズムの温床は資本主義諸国の内部へと拡散した。「イスラム国」に共鳴する若者が欧米諸国から湧き出てくるようになったのだ。
20世紀の資本主義対共産主義の対立図式では、共産主義には確たるイデオロギーがあり、戦略があり、目標とする国家像があった。暴力は革命のための手段に過ぎなかった。
しかし、既存の伝統あるイスラム教に接ぎ木しただけの「イスラム原理主義」や「イスラム過激派」には、そのような崇高なイデオロギーも理念も目標もない。彼らにとってはテロこそが自己目的だ。一方、どん詰まりを迎えた資本主義は格差と貧困と差別を強化し、1%対99%の対立を生み出し、その結果、若者を中心に絶望と怒りと憤りの情念がテロリズムと深く強く共振し始めたのだ。
今年に入って欧米諸国で頻発するテロ事件は、従来と違って国際テロ組織とは直接関係しない自然発生的・自発的なものが多くなってきた。そればかりか、先日のドイツのイラン移民の青年によるショッピングセンターでのテロ事件のように、いかなる政治的・宗教的理由づけもない事件も起きている。このような事件は、厳密には「テロ」と呼ばないのかもしれないが、銃乱射という形態は、前の週に起きたフランス・ニースでの大型トラックによるテロ事件よりも「テロらしい」。

大義名分も目的もないテロの蔓延
そればかりではない。アメリカではフロリダ州でゲイバーを襲うというLGBTを標的としたテロ事件が起きたかと思えば、警官による相次ぐアフリカンへの射殺事件への報復テロも続いている。もはや「テロの時代」のテロリズムは、「イスラム原理主義」や「イスラム過激派」という大義名分が必要なくなるほど世界中に蔓延し始めているのだ。
テロを育む温床が日本にも同様にある以上、そうした欧米諸国の事件に触発されて、いつ日本で本格的なテロが起きてもおかしくはなかった。政治にも宗教にも疎い日本では、それは「理由なきテロ」「大義なきテロ」となって現れるだろうが。いや、そもそもそうしてみれば、2001年に8人の小学生が殺された池田小事件や2008年に7人が殺された秋葉原事件等もテロ事件といえなくない。
そうした無差別大量殺人事件は、2009年の民主党政権誕生→3・11とその後の脱原発デモ→安倍政権の誕生と戦争法反対デモと大きな社会的変化が続く期間、いったんなりを潜めていたが、先の参院選の結果、戦後民主主義が最終的に終焉し、出口のない閉塞感が充満していくこれからの時代、そして世界的にテロの蔓延・拡散が歯止めがきかない状態になった今、日本だけが例外ではいられないと思っていた矢先の今回の事件だった。今回の事件は加害者の障害者への差別と憎悪が引き金になっているようであり、アメリカ・フロリダのゲイバー襲撃テロを想起させる。その背景には、アメリカのトランプ現象、日本の安倍政権に通ずる在特会のレイシズム等の差別扇動があることも指摘しておかなければならない。
いずれにしろ、21世紀のテロリズムは、20世紀のテロリズムが明確な政治目的を持って政治権力や敵対民族を標的としていたのとははっきりと異なり、差別され抑圧され希望への出口を塞がれた若者が、時により弱い立場の無辜の市民のみを標的にしていることが大きな特徴であり、なんともやるせない現実である。

ベーシックインカムこそ唯一の解決策
出口のない資本主義の袋小路ー政治はそれに対してなにひとつ解決策を示し得ていない。そうである以上、これからも意味のない狂気の殺戮は続いていくだろう。いったい解決策はないのだろうか?
私は、ベーシックインカムこそ、その解答だと思っている。死に瀕した資本主義は、幸い、先進資本主義国のみならず、全世界が十分に食べて暮らしていけるだけのモノとカネとそのための生産手段をもたらしてくれた。問題はそのモノとカネの偏在だ。それを最も合理的に再分配する手段こそ、ベーシックインカムにほかならない。
すでに欧米諸国ではベーシックインカムが理論の段階から実験の段階に進み、今後10年以内、早ければ数年以内に、最初のベーシックインカム実施国が登場するだろう。
ベーシックインカムこそ、不条理と反知性が支配する現状にくさびを打ち込み、危機の資本主義をポスト資本主義へとソフトランニングさせていく希望の架け橋の役割を担っていると私は確信している。

安倍首相、強権化 3カ月間の緊急事態宣言(201X年7月22日、ニューヨークタイムズ) [Novel]

 北東アジアの経済大国日本で「激震」が続く。クーデター未遂を受けて安倍首相は20日夜(NY時間20日朝)、3カ月間の緊急事態を宣言した。「テロ対策」で事実上の白紙委任を取り付けた形だが、強権化が進めば人権侵害につながりかねない。「愛国」で高揚する政権支持者と、絶望を深める民主派。日本社会は分断が進む。

 ■法律同格の政令 憲法の一部を停止

 「テロ組織関係者をすべて排除するため、憲法98条に基づいて緊急事態を宣言する」。20日深夜、首都東京の首相官邸で開いた記者会見。安倍首相は落ち着かない表情で、早口に語った。
 憲法98条は「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」を理由に緊急事態の宣言を認めている。日本政府高官によると、官報に掲載された時点で発効したが、国会にも付託され、21日夕、賛成多数で承認された。
 宣言により「緊急事態に対処するために必要な問題」については、首相が議長を務める閣僚会議が、国会の審議や議決を経ずに、法律と同等の効力を持つ政令を発布できるようになった。安倍晋三氏は「決して民主主義や法の支配、自由に反するものではない」と述べ、市民生活や経済活動に影響はないと強調した。
 ただ安倍氏が、自身に批判的な勢力の弾圧につながる政令を出すことも懸念される。クーデターが未遂に終わって以降、日本政府は「首謀者」とみなす米国亡命中の中村一郎や信奉者らの団体と関係があるなどとして、公務員ら6万人以上を矢継ぎ早に拘束・解職・停職にしたからだ。
 稲田朋美副首相は21日、緊急事態の間、人権や基本的自由の保護を定めた大日本国憲法の一部を一時停止させることを明らかにした。欧米や国際人権団体は、日本の人権状況の悪化を懸念している。
 (東京=ポール・レノン)

 ■支持者ら熱狂 民主派は距離

 首都東京中心部の日比谷公園。16日から全国規模で政権側が催している集会には20日夜も、与党・皇民党の支持者ら1万人以上が集まっていた。掲げられた日章旗や、日章旗をあしらったTシャツ帽子……。一帯が赤と白に染まる。

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 公園中央のステージに登壇した皇民党幹部らが「すべての国民が絆で一つになる」と熱っぽく語る姿を、左右の巨大スクリーンが映し出す。安倍氏をたたえる曲を合唱する若者たちが時折、日本語で絶叫する。「安倍総理万歳!」
 広場の近くに住む自営業の山田二郎さん(40)は連日、日章旗を手に参加している。日本の伝統を重視する安倍氏の熱烈な支持者。「ここに来ると、日本が一つになったと感じることができる」と満足そうだ。
 プログラマーの佐藤三郎さん(30)は20日夜、初めて家族3人で集会に駆けつけた。頭にはちまきをした妻(25)があやす娘(2)を見つめ、「国のため、この娘の将来のために来た」。
 安倍氏の政策には賛同できない点もあった。「独裁は私も嫌だ」。それでも、「日本はテロリストや裏切り者など、足かせを外さないといけない」と愛国と団結に異存はない。
 緊急事態を宣言した安倍氏は、国民には団結を求める。憲法に明記された日本の国是「家族主義」を疑問視する人々は、個人の尊厳が揺らぐことを警戒し、「排除」を唱える政権が導く日本の将来に、絶望すら感じ始めている。
 日比谷公園に近い六本木地区は、通りに昼間から酒を出す西欧風カフェやバーが並び、民主派の人々が多く集う。
 「もう手遅れかもしれない」。カフェにいた大学生の男性(21)はつぶやいた。クーデター未遂後、政権が中村氏の信奉者らの拘束を続ける姿に「独裁」の怖さを感じるという。
 政権側の集会に参加する人たちには、自らの意見を言えず、危害を加えられそうな気がする。最近は周囲をうかがって小声で話すようになった。集会がある広場には近寄らぬよう裏道を歩く。「日本のために役立ちたいと思って勉強してきたが、今は未来に目標が見えない」
 ツアーガイドの男性(52)も事件後、フェイスブックに安倍氏への批判を書こうとしてやめた。政権による大量拘束に思いが及んだためだ。「政権を支持しなければ、誰もが敵と見なされる。悲しいが、それが今の日本だ」と声を潜めた。
 (東京=チック・ジャレット、キース・コリア)

※このノベルは以下の記事のパロディーです。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12472576.html

2016年7月10日、「戦後民主主義」息を引き取る [Politics]

教育とマスコミを支配下に置いた家父長制的・軍国主義的旧支配層の亡霊
2016年7月10日、「戦後民主主義」が71年目の真夏を目前に息を引き取った。「戦後民主主義」は疑似民主主義だった。第1に、敗戦後、日本人民自らが起ち上がってたたかい勝ち取ったものではなく、アメリカ占領軍によってもたらされたというその出自故に。第2に、政権交代がほとんどない、事実上の「官僚・1党独裁政治」の隠れ蓑に過ぎなかった故に。そして第3に、その結果として国民意識に根付くことのない「お任せ民主主義」、〈ある共同利益によって結ばれ、組織員に組織への無私の絶対的服従を課し、組織員の内発的思考と自発的行動を抑制し、そのムラ独特の「空気」に馴染みそれを「読む」ことを暗黙の了解事項とし、集団的規律から逸脱した者は徹底して排除し抹殺する非民主的システムである〉ムラ社会の裏返しの表の表現形態に過ぎなかった故に。
しかしこのシステムは同時に、事実上のアメリカの植民地支配のもと、戦後の復興から高度経済成長を経て大衆消費社会を謳歌する日本経済の絶頂期までは、これ以上都合のいいシステムはないほどうまく機能してきた。だから、国民の多くは、戦後の平和な社会とともに、この戦後民主主義が永遠に続くものと錯覚し続けてきたのだ。
しかし、戦後民主主義が人民がたたかいとった真の民主主義でなかった故にこそ、敗戦後すぐさま復活することができてしまった戦前の家父長制的で軍国主義的な支配層の生き残りたちにとっては、怨嗟と打倒の対象以外のなにものでもなかった。そして彼らにとっては、平和憲法こそ戦後民主主義の象徴であり、改憲=「自主憲法の制定」こそ憎き戦後民主主義を葬り去る最終目標に他ならなかった。
そうした家父長制的・軍国主義的旧支配層の亡霊らにとって、「当面の敵」は日教組朝日新聞であった。とりわけ「子どもたちを再び戦場へ送るな!」と児童・生徒に平和教育を行う日教組はすぐさま打倒すべき対象として、60~70年代に集中攻撃を繰り返し、とうとう80年代には事実上壊滅状態へと追い込むことに成功したのだった。
60~70年代に小中高時代を送った私は、その12年間に尊敬すべき教師にはたった1人しか出会えなかったし、時に場面緘黙症という「障がい」を抱え学校に居場所を見いだせなかった私にとっては、学校も教師もある意味「敵」でしかなかったのだが、それでも、当時の教師たちの世界を取り巻く空気は戦後民主主義のトーンで貫かれていたし、今よりずっとまともな社会科教育も受けられ、今では信じがたいことだが、「時間内職場集会=時限スト」という制限がつくものの、教職員のストライキで授業が自習になることもよくあった。だからその頃、学校は今よりいじめは少なかったし、政治も今よりタブーでなかったし、少しは自分で考え発言し行動する生徒たちもいた。
しかし、日教組が事実上解体させられて以降、児童・生徒のみならず、教師までが校長・教頭らによって管理される対象となり、部活指導をはじめ労働強化がなされ、30人学級など夢と消えた。そして、歴史教科書はどんどん書き換えられ、戦前の家父長制的・軍国主義的社会と彼ら支配層が行った犯罪行為を美化し正当化する教科書まで登場し流布されるに至った。
それでも家父長制的・軍国主義的旧支配層とその子や孫その同調者らも、朝日新聞をはじめとするマスコミにまではあまり露骨な介入は行わなかった。アメリカに公認された戦後民主主義に、それは反する行為であり、また、すべてがうまくいっていた時代に、そのような強権的手法は必要とされなかった。教育さえ支配下に収めれば、「人」の支配ができる。現在40代半ば以下の人々は、もはや戦後民主教育世代とはいえない。そして2006年、第1次安倍政権下に行われた教育基本法の改悪がその支配を完成させた。

日教組叩きから朝日新聞叩きへ
家父長制的・軍国主義的旧支配層の亡霊の意志は、その子と孫、同調者らによって連綿と引き継がれ、今や日本会議という形をとって隠然たる勢力を誇るに至った。折しも世界的な資本主義終焉期の危機的状況という時代状況と不幸にもシンクロしてしまった亡霊どもは、単なるアナクロニズムから一転して、時代の寵児にすら祭り上げられかねない存在に変貌を遂げた。事実、3・11後のカオスの中で生まれた第2次安倍政権は、自民党という衣をまといつつ権力を簒奪した復活した亡霊であり、アメリカのトランプ現象やヨーロッパの極右勢力台頭に先駆ける急先鋒となった。
捲土重来、憎き戦後民主主義を打ち倒し、自主憲法制定の秋とみた彼らは、このとき念願の朝日新聞打倒に打って出た。2014年、東電福島原発事故と従軍慰安婦問題を巡るふたつの「吉田証言」事件をきっかけに、朝日新聞の牙を抜き萎縮させた彼らは、すっかり味をしめて、彼らの気にくわない報道機関や番組に圧力をかけ、黙らせることにいともたやすく成功してしまった。それもそのはず、この国の「ジャーナリスト」は国民同様、今までただの一度も、報道の自由、表現の自由を勝ち取り守るために、組織的に権力に楯を突き、命がけでたたかった経験などない、単なるマスコミムラの住民に過ぎなかったからだ。
教育とマスコミを支配下においた彼らに、もはや恐れるべき敵は存在しない。不正選挙など行うまでもなく、選挙結果さえ自由自在に操れる。戦後民主主義が機能していたとき、「無党派層」は「反自民」と同義であり、投票率の増加は与党に不利というのが常識だったが、今やその常識も通用しない。森喜朗は「寝た子を起こすな」と言って物議を醸したが、今や選挙棄権層は「寝た子」ですらない、単なるでくの坊に過ぎない。昨夜の選挙特番の街頭インタビューでこんな場面を目にした。おいしいパンケーキの店に列をつくる20歳の女性。「選挙、関心ありません。3分の2? 何それ。おいしいパンケーキが食べられれば幸せ!」

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朝日新聞7月11日付より

そして選挙に行った有権者も、若い世代ほど与党支持者の比率が増していく。ポスト戦後教育世代だ。「中立」の名の下における偏向教育の大いなる果実だ。もちろん「パケーキの幸せ」もその成果に他ならない。

三宅洋平と「パンケーキの幸せ」との絶望的断絶
私はこのブログでも、再三再四、「安倍政権を倒せるのは市民連合ではなく市民新党だ」と訴えてきたが、不幸にしてその懸念を裏付ける結果になってしまった。市民連合主導による野党共闘の成果は一定程度現れたが、それは野党支持層の単純な足し算によってもたらされたものという側面が強く、少なくとも無党派層を強く引きつけ、無関心層の投票行動を強力に促すことはできなかった。
一人区の統一候補だけでなく比例区の統一名簿を主張して果たせなかった小林節氏がひとり決起し国民怒りの声をつくって起ち上がったことは大いに評価されるが、問題は「この指止まれ」と氏が叫んでも止まる知識人がひとりもいなかったことだ。当初小林氏は10人の候補の半分は著名人を予定していたが、結局名前の知れた既成政治家ふたり以外、無名の市民しか結集しなかった。この国の知識人もまた、言論、表現、学問の自由を守るために血を流してたたかい、取り戻した経験をほとんど持たないのだった。むしろ、先の戦争では積極的に侵略戦争に荷担していった拭いがたい過去を持つ。そして、そうした先の戦争の本質を鋭く抉り出した気鋭の学者も、国民怒りの声の支援に駆けつけはしたものの、自ら起つことは決してなかった。
そうしたなか、今回の選挙で唯一期待を抱かせたのは選挙フェスの三宅洋平だったが、残念ながら期待は願望に過ぎないという現実が突きつけられた。彼が国会に入り、山本太郎と日本版ポデモスを結成し、次期衆院選以降、多くの頼もしい同志とともに起ち上がれば、この国にもポスト安倍の明るい展望を拓くこともできただろうが、それは幻想と消えた。
3・11で年齢・階層を問わずに覚醒し、起ち上がった自覚した市民たちと、従順なムラ社会の住民との絶望的な断絶を感じざるを得ない。選挙フェスに集まった1万、2万の市民と、257,000票という現実との落差。3年前に彼もその推薦候補となりひとり票を集めた緑の党が泡沫政党として消えたのは、ひとえに彼らに「政治力」がなかったからと片づけられるが、三宅洋平のような山本太郎に勝るとも劣らない政治家力を持つ候補が落選せざるを得ないのが、その日とともに死んだ戦後民主主義の限界そのものだった気がする。
2012年年末の総選挙で安倍政権が登場したとき、私は今後少なくとも10年は、政治の力で脱原発を実現することはできないだろうと述べたが、この国の苦難はさらに果てしなく続くだろう。滅びて消え去るか、滅亡的危機を経て再生するか、もし再生の道が残されているのだとしたら、そのときこそ、それは私たち市民ひとりひとりが決死の思いで起ち上がり、たたかって未来を切り開いていく以外に方法はないだろう。



山本太郎代表、三宅洋平書記長で日本版ポデモスを! [Politics]

かねてから市民新党の設立を切望してきた私は、本参議院選挙に向けて小林節氏が立ち上げた「国民怒りの声」に大いに期待した。すぐにでもボランティアに志願しようかと思ったが、候補者の名前が確定するまで待つことにした。しかし、最終的に揃った候補者の顔ぶれを見て、落胆せざるを得なかった。小林氏自身、当初、著名人5名、一般公募5名と述べていたが、当初立候補した宝田明氏が途中で辞退し、いわゆる著名人は小林氏を除いては、元民主党国会議員の円より子氏と元自民党国会議員の小林興起氏のふたりだけだった。賛同人に名を連ねていた学者、芸能人等から最低2、3人は名乗りをあげるものと期待していたのだが…。
いわゆる進歩的知識人、リベラル派著名人に対する不信感は、3・11以降の脱原発運動の中で強く抱き、目立ちたがりでデモや集会で喋るのが大好きな文化人については、このブログでも何度も批判してきたが、もはやこの期に及んで、彼らには最終的に引導を渡す以外になさそうだ。私が信頼できる文化人は、山本太郎同志、そして気骨の人=小林節氏以外にはない。
そういうわけで、「国民怒りの声」への思いも急速に冷め、私は比例区で小林節氏に1票を投じることだけを決めた次第だ。

そうした中で、公示直前に立候補を表明したのが三宅洋平だった。そして、誰あろう山本太郎が全面支援だ。残念ながら私は三宅洋平に投票することはできないが、ある意味、今回の参院選で改憲勢力の3分の2阻止以上に、彼の当選を強く願う。
国会に「山本太郎」はふたりいらない。「三宅洋平」が必要なのだ。山本太郎は名より実を取り、揚げ足を取られないために、国会内でネクタイ姿の正装を通しているが、三宅洋平には長髪・髭・ジーパン姿で国会に選挙フェスのスタイルをそのまま持ち込んで、国会の「権威」をぶち壊し、国会を国民に解放してほしい。今時、国会がネクタイ姿の正装以外は御法度などという国がどれだけあるだろうか? ギリシャのチプラス首相を見よ! 外国の国王との面談にもノーネクタイを通したウルグアイのムヒカ元大統領を見よ! そして、スペインの市民新党=ポデモスのパブロ・イグレシアス党首。彼は奇しくも三宅洋平と同年生まれだ。

山本太郎代表に三宅洋平書記長で日本版ポデモス結成! そして、次の衆議院選挙では10名以上の彼らに続く型破りな候補者を擁立し選挙革命を起こし、既成政治を打ち破る21世紀の政治革命を実現していってほしい。
もっとも、その前提としては、今回の参院選で、何があっても改憲勢力の3分の2を阻止しなければならない。でなければ、次の衆院選の自由な選挙は望めないかもしれないのだから…。