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完全比例代表制なら自民155議席の衝撃!ー多数決の横暴・小選挙区制の廃止を! [Politics]

前回ブログ(理想の民主的な選挙制度は)で予告した通り、今回総選挙の比例代表政党別得票率をもとに、500議席の衆議院に完全比例代表制(全国区250、地方区250)を適用したらどんな議席配分になるかを計算してみた(四捨五入を基本とし、1.0議席以下でも繰り上げて1議席とした。カッコ内赤字は実際の議席数)

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自民激減、他党は軒並み議席増。地方政党やマイノリティ政党登場の余地も
ご覧のように自民党は大幅に議席を減らし、全議席の3分の1を確保するのがやっと。その分、立憲民主党以下すべての党が議席を大幅に増やし、少数政党ほどその増え幅は大きくなる。今回、全国区と地方区の各党議席数がほとんど同じになったのは、完全比例代表制の特色をうまく利用しようという政党が当然ながらなかったからに過ぎない。それでも、各ブロックで1名当選者が出るかどうかの維新は、近畿ブロックだけは7議席を獲得している。また、北海道の地方政党・新党大地も、北海道ブロックで1議席を得た。もし、特色ある本格的な地方政党が登場すれば、地方によっては違った様相が出現する可能性がある。また、例えばベーシックインカム党とかLGBT党といったような少数者・少数意見を代表する政党が結成されれば、全国区で議席を獲得する可能性もある。

勝つための離合集散から政策中心の連立政権へ
比例代表制では小党分立になって政権が安定しない、政情不安定になるという意見があるが、日本の政治を振り返れば、安定政権が続いていたのはむしろ55年体制下の中選挙区制の方であったし、反対に小選挙区制が導入されてからは1年ごとに首相の顔が変わるという不安定な状態が続いてきた。その一方で、「強いリーダーシップ」と「安定した政治」を掲げて登場した安倍政権は、数の論理を振りかざして強権化、独裁化傾向を強めるという民主政治そのものの否定につながりかねない深刻な弊害をもたらしてきた。
いずれにせよ、今回の選挙結果に基づいたシミュレーションでも、自民党は相対的第1党に過ぎなくなり、連立政権が避けられない。その際、従来通りの自公政権で臨むのか? 憲法改正や防衛力強化を目指すなら、同じ指向の希望(希望は今後、解党を含めどうなるか分からないので、とりあえず従来の政策主張を今後も継承していくものと仮定)、維新と連立を組むのが妥当だろう。
公明党は細川連立政権への参画以来、民主党政権を除いて一貫して与党の側にあったが、それは選挙において自民に恩を売り、与党の甘い汁にありつくという魂胆以上に、戦前に治安維持法で弾圧を受けたトラウマから、万一に備えて安全な与党に留まっていたいという本能がはたらいてのことだったと思う。ある意味、少数政党の悲劇といえなくもない。それでも、今回は比例で議席を減らしたが、完全比例代表制だったら63議席を獲得できる。ならば、少数政党として与党のコバンザメになるしか選択肢がないわけではなかろう。本来の中道派宗教政党として、平和と福祉政策を追求した方が、学会員の結束を強化することができる。だいいち、完全比例代表制になれば、学会票で小選挙区を勝ち抜くという自民党の戦略そのものが雲散霧消するので、自民党の方から公明党に引導を渡される可能性が強い。
同様に、オリーブの木構想を含む野党共闘の必要性もなくなる。野党共闘もしょせんは選挙に勝つための方便という性格は拭いがたい。また、旧民進党内には共産党との共闘を嫌う勢力も根強く、共闘のネックになってきた。しかし、完全比例代表制の下では、より政策議論を中心にした共闘関係が模索されることになるだろう。55年体制化では社共共闘と社公民路線の対立や共産党の民主連合政府構想など、実現性は乏しくとも政策を軸とした政権構想が語られてきたが、今後はいくつかの党が共通政策綱領で一致してイタリアのような本物のオリーブの木を結成して政権交代を有権者に問うことも可能になるだろう。逆に、前回も述べたように、数合わせのおかしな連立政権を樹立して政権運営が迷走すれば、次の選挙で有権者から痛いしっぺい返しを受けることになるだろう。

今こそ小選挙区制の是非を議論すべき時

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(毎日新聞から引用)

すでに小選挙区制が導入されてから20年以上経過する。この間、投票率が低下の一途をたどってきた理由は様々あげられようが、上の図のように、小選挙区制の導入が民意と議席数の乖離を招き有権者の失望や諦念、不信や無関心を招いてきたことは否定しがたい。小選挙区制下で比較的投票率が高かったのは、2005年の郵政選挙(小泉劇場)と2009年の民主党への政権交代が現実味を帯びたときだけである。
定着した小選挙区制を今更変えることを躊躇する声もあるが、細川連立政権で小選挙区制導入に大きな役割を果たした田中秀征氏は、小選挙区制導入は誤りだったとはっきり認めている。
そもそもこの制度は、55年体制下で自民党長期政権を許してきた反省から、アメリカ型の2大政党制をめざして導入されたものだった。しかし、世界を見回してみても、小選挙区制を導入している国は少数派で、ヨーロッパの民主主義国を中心に、圧倒的多数の国で比例代表制が実施されている。
アメリカでこの制度が定着してきたには訳がある。つまり、戦後の米ソ冷戦構造の下では、自由主義陣営の総本山であるアメリカで、共産党はもちろん、社会民主主義政党が一定の勢力を議会に占めることは許容しがたいことだった。そのため、保守の共和党とリベラルの民主党が議席を分け合う小選挙区制が、反共国家の宿命として受容されてきたに過ぎない。その小選挙区制の本家でさえ、昨年の大統領選では、保守に代わって移民排斥を唱える極右派が大統領候補となり当選し、一方の民主党も民主社会主義者を名乗る候補が最後まで大統領候補を争った。いや、そもそもオバマ大統領の2期8年の期間に、保守・リベラルの2大政党制という建て前は崩れ去り、民主党も共和党も1%のウォール街金融資本を代弁する勢力になりはて、それに不満を抱く99%の国民の不満を代弁する形で、トランプやサンダースが登場することになったのだ。

小選挙区制は究極の多数決原理、比例代表制は少数意見も尊重する民主的システム
前回も述べたように、小選挙区制はAかBかの二者択一を有権者に迫り、最終的に多数決の原理で多数派のみすべてを独占する極めて非民主的なシステムだ。投票者のたった3分の1の票を集めた第1党が6割以上の議席を占めるシステムが、今日のアベ独裁を生み出し、やりたい放題の狼藉を許し、森友疑獄加計疑獄で刑事責任が問われないどころか、長期政権にあぐらをかくことまで許している諸悪の根源だといっても過言でないほどだ。もしこれが完全比例代表制のもとでの選挙なら、アベ独裁の悪夢など絶対に起こりえなかったであろうし、今回の選挙でも、たとえ自民党が第1党になろうとも、アベ退陣は免れなかったであろうことだけは確かだ。
1970年代に自民党内から小選挙区制導入が語られ始めたときから、終始一貫してそれに反対してきたのが日本共産党だった。だが今日、その共産党でさえ、小選挙区制の廃止をなぜか語らない。第1党以外の第2党以下すべての党に不利にはたらくこの制度は、自民党以外のすべての政党が珍しく一致して廃止でまとまれる課題ではないのか?
改憲議論よりまず小選挙区制廃止・完全比例代表制の導入議論が優先課題だ。アベ一強体制がそれに取り合わなければ、立憲民主党や共産党が一大国民運動を起こして、例えば2千万人署名運動を展開したらどうだ。
アベ独裁を倒すだけでなく、今後、そのような制度を悪用した政治家や勢力の芽を摘み、この国に真に民主的な政治制度を確立するためにも、まず第1に着手すべき課題が、小選挙区制廃止・完全比例代表制の導入だと思う。

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理想の民主的な選挙制度は [Politics]

世論調査で、自民党が支持率より不支持率の方が上回り、「安倍政権が続いて欲しい」より「続いて欲しくない」が上回る状況の中でも、自民党は300議席獲得を視野に収めているという。どうしてこんな不条理が起こりうるのかといえば、いうまでもなく小選挙区制の弊害である。2014年の前回総選挙の結果を見ても、得票率33.11%の自民党が全議席の6割以上を獲得した。これを完全比例代表制と考え議席配分をすると、自民党の獲得議席はその半分ほどの157議席に過ぎず、他の党はあまねく議席を増やすことになる。とりわけ得票率が少ない政党ほど大幅に議席数が増え、共産党は21から54へと倍増以上、各2議席だった次世代の党、社民党、生活の党はそれぞれ12、11、9議席を得ることになる。
そこで、実現可能性は現状ではゼロに等しいが、理想の民主的な選挙制度を考えてみた。

完全比例代表制、全国区と12ブロックの地方区で議席を2分
まず、衆議院の定数は500人、参議院は300人とする。国会議員は国民を代表して国民のために働くものだから、全国一律の比例代表制でもいいように思うが、例えば沖縄問題をはじめ、各地域・地方特有の問題も少なくないだろうから、現行の小選挙区制やかつての中選挙区制は論外としても、衆議院の11比例区に、地域の特殊性を勘案して沖縄特別区(定数衆院6、参院4)を設けた12地方区を設ける。
そして、衆参それぞれ全国区と地方区を半数ずつに配分する。地方区は完全に有権者数に応じた議席配分とする。そうすると、戦後一貫して問題となってきた「一票の格差問題」が一気に解消する。
有権者は1人3票を行使する。1票は全国区の候補者の中からいちばん議員になってほしい候補者を選ぶ。2票目は自分の地方区の候補者の中からいちばん議員になってほしい候補者を選ぶ。そして、3票目はいちばん政権を担ってほしいと思う政党を選ぶ。
全国区は総投票数の中から各政党の得票率に応じて議席を配分する。1人分の得票に満たなかった政党は議席を獲得できない。地方区の場合、各地方区ごとの総投票数の中から、各政党の得票率に応じて議席を配分する。当選者は、全国区とそれぞれの地方区で各党ごとに多くの票を得た順番とする。
そうすると、例えば日本維新の会のように近畿地方を地盤とするローカル政党的な政党は、全国区では議席を獲得できなくても、地方区で一定の議席を得ることが予想される。一方、例えばLGBTの人権擁護を訴えるような政党は、全国区で一定の票を得て議席を獲得することが期待されよう。このように、ローカル政党やマイノリティの権利を主張する政党も議席を得ることができるだろう。

供託金の廃止で文字通り誰でも立候補できる制度へ
各候補者に課せられている法外な供託金制度は廃止する。その代わり、政党登録制度を設けて、例えば登録金として100万円を収めなければ選挙に参加できなくするとよい。原則的に政党選挙なので無所属候補は立候補できないが、候補者本人を政党と見立てて、100万円を収めて立候補できる道を残してもよい。肝心なのは、例えば日本にベーシックインカムを実現しようとする人たちが10人集まってベーシックインカム党を設立した場合、各人が10万円ずつを持ち寄るもよし、クラウドファンディング等によって資金を募るもよし、お金のない人でも政党を結成して選挙に出ることができるようにすることである。クラウドファンディング等によって、登録金以外にも選挙資金を個人寄付に頼って集める文化が定着するとよい。団体献金や政党交付金は禁止・廃止する。

小党乱立は民主主義を活性化
価値観が多様化した現在、こうした制度下では1党で単独過半数を占めることは至難の業となろう。いきおい連立政権が常態化する。政情が不安定になるという指摘もあるだろうが、今日の一強政治の弊害に比べればはるかにましだ。それに、現制度では政権獲得のための政党の離合集散・政界再編や議席増を狙った連合(オリーブの木)など数合わせが目的化しているが、多党制の元ではより政策議論中心の政党間の駆け引きが活発化するだろう。選挙後には様々な連立交渉がなされるだろうが、あまりに民意とかけ離れた連立政権が成立しておかしな政策を実行すれば、必ず次の選挙でしっぺい返しを受けることになるだろう。また、ある連立政権では、小政党が参加してマイノリティの権利擁護の政策を実現する道が開かれることもあるだろう。
冷戦時代だったらともかく、社会的な利害関係が入り乱れている現状では、与野党問わず、政策ごとに様々な賛否のパターンが成り立ちうるので、小党乱立の連立政権だからといって、必ずしも政権運営が滞るとは限らない。むしろ党派の垣根を越えた身のある議論が期待されよう。

議員報酬は全国民の平均収入に
定数を衆院500、参院300としたのは、議員報酬をその時々の全国民の平均収入にスライドさせることを前提としてのことだ。より多様なマイノリティの利害を反映させるためには、議員定数は多い方がいい。その代わり、議員は決して美味しい職業であってはならない。強い志を持った人だけが立候補できるような裏付けが必要だ。その代わり、落選後、または議員引退後の原職復帰や就業支援制度を整備することも必要となろう。

選挙は平日に、「選挙の日」は休日に
投票率を上げる方策として、韓国の例に倣って、現行の日曜日の投票日を平日にずらし、その日を「選挙の日」として休日とする。オーストラリアの例に倣って選挙に行かないと罰金を取る方策もありうるだろうが、棄権する権利もあると思うので、強制には反対だ。しかし、「選挙の日」となれば、大多数の人が選挙に行くだろうし、誰・どこに投票するかも今よりよく考えるようになることも期待される。同時に、政治タブーの文化が変化して、職場や家庭で政治の話が当たり前に話されるようになることも期待できよう。

*22日の選挙結果を受けて、もし上述したような選挙制度で選挙が行われたら、各党の議席配分はどうなったか、シミュレーションしてみようと思っている。

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立憲民主党を市民の党に! [Politics]

私は1996年の第1次民主党結党以来2011年の3・11まで、国政選挙では必ず民主党とその候補者に投票してきた。民主党の政策・理念に全面的に賛成したからではなく、自民党政権を1日も早く終わらせたい一念からだった。そんな中で、当時住んでいたさいたま市で隣の選挙区だった枝野幸男氏には、若手のホープ=将来の首相候補として大いに期待を寄せていた。
しかし、3・11によって運悪く政権を担当していた民主党、とりわけ菅政権の官房長官として「直ちに影響はない」発言を繰り返した枝野氏には大いに失望させられた。私はその頃から市民の手による市民政党の必要性を痛感し、一時は緑の党に関わったこともあったが、その無為無策ぶりに失望してそこを離れ、その後の国政選挙では反アベの立場から再び民主党(民進党)候補に投票したこともある。

民進党の分裂は歴史的必然
前々回のブログでも述べたように、民主党の結成はソ連・東欧社会主義圏の崩壊後の全世界的な一時的「超階級現象」の出現時期に、社会党から自民党までを網羅する超階級的国民政党として出帆したものであったが、IT革命を経て1%対99%の新たな階級社会が出現するに至り、その存立基盤は大いに揺らいできた。ヨーロッパ諸国ではスペインのポデモスのように市民主体の21世紀型政党が誕生し、市民・学者に加え新旧左翼まで包摂したギリシャの急進左派連合はチプラス首相を誕生させるまでに至った。マスコミで「左右のポピュリズム」と謳われたように、一方ではフランスのルペンをはじめとして各国で移民排斥を掲げる極右勢力も台頭した。アメリカではそれは、民主ー共和の2大政党の庇を仮りながら、市民政党型サンダースと極右のトランプの対立となって現われた。
そうした中、日本では極右勢力が日本会議という「市民団体」によって、最大政党で万年与党の保守政党であった自由民主党を、安倍晋三を通して事実上乗っ取るという特殊な形で国家権力を掌握し、5年近い極右政権を維持し、世界の極右勢力をリードしてきた。その一方で、市民主体の政党はその萌芽として期待され、30年遅れで登場した緑の党も芽のまま落ちこぼれ、既成左翼・リベラル勢力も衰退の一途をたどるばかりで、アベの一人勝ち状況が続いてきた。
細川連立政権の登場により55年体制が崩壊した時、社会党とともに賞味期限が切れたはずだった自民党は、その後民主党政権の登場まで生き長らえたが、上述したようにアベ政権の登場によって名だけ残して実は消滅した。超階級的国民政党の民主党→民進党も、政権に就いたとたんにその矛盾を露呈し、下野後は死に体状態だった。したがって今回、小池新党に巻き込まれる形で民進党が解体したのは、歴史的必然であったといえよう。

中道リベラル勢力は立憲民主党に結集し、市民が大きく育てよう!
そういう意味では、枝野幸男氏が中心となって立憲民主党が結成されることになったのも、ある意味歴史的必然といえる。このまま進めば、日本は日本会議という極右勢力が「自民党」と「希望の党」というふたつの駒を同時に背後で操る2大極右政党が支配する、世界に類を見ない国になってしまう。一方、左翼の共産党はあまりに力が弱い。このような歪な国政の勢力図は民主主義の危機以外の何ものでもなく、事実、それら2大極右勢力が議会の3分の2以上を握れば、憲法改悪、人権抑圧、準戦時体制化が進むことは不可避の状況だ。それを阻止できるのは、確かな中道・リベラル勢力の登場以外にない。この際、もう四半世紀ほど前に歴史的使命を終えて陽炎のように存在するだけの社民党はもとより、山本太郎共同代表をはじめとする自由党リベラル派も立憲民主党に合流して、より大きな勢力を目指すべきだ。
私はアベ政権登場後の国政選挙のたびに、市民が主体となった21世紀型の市民新党の必要性を一貫して訴えてきた。しかし、残念ながらこの国では、民主主義が成熟したヨーロッパ諸国のように、市民が主体となって独自に政党を立ち上げる力量も足りなければその機も熟していないようだ。また、いざ一般市民が国政選挙に立とうとすると、べらぼうに高い供託金をはじめ、選挙に莫大な金がかかるシステムになっている。
本日、立憲民主党の結成を宣言した枝野氏は、立憲主義と民主主義の旗印の下、トップダウンでなくボトムアップの政治を目指すと述べた。旧民主党も党員・サポーターを積極的に募集し、各種選挙の公募も行ってきて、その中から市民運動出身の議員も誕生してきたが、この間、野党共闘を支持し、推進してきた市民は、この立憲民主党により積極的に関わり、党員やサポーターになって支え、有能な人材は今後、積極的に各種選挙に立候補していくべきだろう。14年年末の総選挙で野党共闘で立候補して善戦した北海道の池田まきさんのように。そのように、この新しく誕生する立憲民主党を真の市民政党に育てていくチャンスを、私たち市民は今手にしたのだ。

森友・加計を忘れず、選挙期間中も厳しく追及し、アベの首を取ろう!
小池新党騒動で最も陰が薄くなったのが、森友疑獄加計疑獄だ。「希望」の政治的スタンスを見ていると、モリカケ隠しこそ新党騒動の真の狙いではなかったのかと疑わせるほどだ。事実、野党やマスコミもそれに巻き込まれて、モリカケどころではないといった状況が続いている。
立憲民主党の体制が固まれば、共産党や市民団体等との野党共闘を強固なものにし、選挙期間中は森友疑獄、加計疑獄を全面に押し出してアベの責任を追及すべきだろう。憲法や安保法制、社会保障、消費税等も大切だが、何を置いてもモリカケ問題徹底批判だ。モリカケ問題に端的に現われたアベの奢りに対する国民の怒りのマグマは噴火寸前の状況だ。モリカケ問題の徹底追及こそ、アベ政権打倒のいちばんの近道だ。

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民進党リベラル派は自由党リベラル派、社民党+リベラル市民と「市民民主党」結成を! [Politics]

小池にまんまと嵌められた前原
小池新党が選挙戦をたたかうのに必要な供託金をはじめとする資金に困っていることは、すでに一部で報じられていた。新党志願者には供託金を用意するようにと注文をつけられたとも言われている。そんな小池新党にとって、民進党に交付予定の100億円近い政党交付金は、喉から手が出るほど欲しい獲物だったに違いない。
一方、離党ドミノが止まらない民進前原は、自分のポリシーにそぐわない共産党を含む野党共闘に活を見出すよりも、新党ブームに便乗しようとして小池に接近した。まさにカモがネギならぬ100億円を背負ってきたようなものである。かくして前原誠司は、立憲政治と民主政治の解体に手を貸す、後世に語り継がれるかもしれない翼賛政治化、中道野党第一党・民進党をぶっ壊す愚挙に打って出ることになったのである。

極右2大政党制によって明治回帰に大手の日本会議
こうして世界に類を見ない極右2大政党制を目論む「希望の党」の登場によって、今度の総選挙の焦点が「小池ブーム」、「日本初の女性首相誕生か?」といった部分に当てられることになり、その結果、森友疑獄加計疑獄が完全に背景に追いやられそうな状況にある。承知のように、アベ「自民党」、「希望の党」の背後には、日本会議という日本最大の極右ヘイト好戦差別者集団が控えている。彼らにとっては、改憲をメルクマールにして、戦後民主主義の全否定、個人主義から家族主義への回帰、反戦平和を許さない戦争のできる国づくり、といった明治回帰の実現を、アベと小池の両天秤で確実に手にすることを可能にしたわけである。

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市民民主党、党首には山本太郎を!
こうした絶望的状況において、左派、リベラル派は、なすすべもなく拱手していていいのか? 北朝鮮情勢をはじめとして世界情勢がますます流動化するなか、このままでは日本は、真っ先に戦争に巻き込まれるどころか、その最先端で戦う道を突き進むことになるだろう。
民進党内リベラル派は自由党リベラル派と社民党に、この間、反戦争法、反共謀罪等でともにたたかってきた市民らとともに、護憲、平和、民主主義擁護の市民民主党結成に今すぐ着手し、選挙では共産党と戦略的共闘関係を結んで、100議席を目標に選挙戦をたたかうべきだ。そして、モリカケ隠しを許さず徹底追及し、アベ退陣を勝ち取ろう。
欧米では左右中道問わず、30代、40代の政治リーダー、野党指導者が珍しくない状況だ。そういう意味でも、市民民主党党首には山本太郎自由党共同代表以上にふさわしい人物はいない。この際、彼は参議院から衆議院へ鞍替えして立候補し、選挙戦の先頭に立ってたたかうべきだ。特別国会での首班指名選挙では、共産党も山本太郎首相に異論はないだろう。
この国から民主主義の灯を消してはならない。今、左派、リベラル派が団結して踏みとどまることで、次の反転攻勢が可能になる。逆にいえば、日本の民主主義には後がない。今が正念場だ。

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右急斜面新党雪崩ー左派・リベラル派は第三極を死守し、希望を取り戻せ! [Politics]

大政翼賛会へと雪崩打った1940年的様相
政局がにわかに1940年的様相を帯びてきた。小池「希望の党」に民進党が合流する方向で調整を進めているらしい。「希望の党」には小泉純一郎はもとより、小沢一郎、菅直人まで色目を使っている。今のところ、民進党内リベラル派からは離党して市民共闘の新党結成などという動きは一切聞かれない。毎日新聞の最新の世論調査でも、衆院選の投票先として「希望の党」は18%で「自民」の29%に次いでいる。今後、さらに支持を伸ばすことが予想される。まさに政友会、民政党が「勝ち馬に乗り遅れるな」と雪崩打って大政翼賛会へと合流していった1940年の悪夢を思い起こさせる。
小池はアベにも劣らない無責任さで都知事を辞任して選挙に出馬するとの噂も聞こえ、このまま進むと6月の都議選の再演で、「希望の党」が第一党に躍り出ることも十分にありうる。その場合、アベ「自民」の敗退は不可避で、念願のアベ退陣は実現するだろうが、日本会議が陰で操るアベ「自民(公)」+小池「希望」の極右改憲勢力が、大政翼賛会同様に議席の8割を占め、「小池首相」の誕生というような悪夢も現実と化すかもしれない。

左派・リベラル派は市民新党結成を!
こうなったら、左派・リベラル派に勝ち目はない。左派・リベラル派はアベ打倒とともに、衆議院に一人でも多くの左派・リベラル派議員が占めることを目標に、新党結成及び戦略的共闘を実現しなければならない。
具体的名前は控えるが、民進党内にも「希望の党」への合流をよしとしない強固な護憲派が少なからず存在するものと信じたい。この期に及んで自己保身及び「護憲派の議席を守るため」という名目で「希望の党」に身を置くことはナンセンスの一語に尽きる。2002年の民由合併時には自由党内極右派議員も民主党へと合流して次第に淘汰されたが、今度はその逆の憂き目を見ることは火を見るより明らかだ。また、2012年末の野田自爆解散の折には、民主党から未来の党とみどりの風が分離したが、この期に至って分裂は許されない。小異を捨てず大同につくことが要だ。
民進党内リベラル派+自由党共同代表・山本太郎+社民党に、この間野党共闘を訴えてきた市民連合をはじめとする市民団体・市民がより主体的に参加することによって市民新党を結成する以外に生き残る道はない。できれば共産党も百年近い歴史に終止符を打ち、イタリア共産党→左翼民主党→民主党の例に倣って合流するのが望ましいが、それは望み薄だろう。そうであれば、次善の策として、アベ政権打倒・憲法と民主主義の擁護・即時原発ゼロ・消費税引き下げ・大企業と富裕層への増税・北朝鮮への融和政策等で政策協定を結び、統一名簿を含む選挙協力を実現する以外にない。
問題は供託金をはじめとする選挙資金だろうが、アメリカのようにクラウドファンディング形式で全国の有志市民から募ればいいのではないだろうか? また、小池旋風に対抗するためには、現職議員以外にはできるだけ知名度の高い候補を立てなければ、地盤も看板もない候補者に勝ち目はない。それこそ、前川喜平氏・古賀茂明氏・金子勝氏・白井聡氏・室井佑月氏・山口二郎氏等々といった錚々たる候補者を擁立しなければ、数十議席の獲得は無理だろう。そうした方々にはこの国の危機と国民、とりわけ次世代を救うために身を挺する決意をしていただく必要があろう。

左派・リベラル派が民主主義と個人主義を守り育てる
世界でこの国ほど保守的な国民を私は知らない。戦後の混乱期には他国なら革命が起きていただろうがこの国には起きず、天皇制と財閥、戦争犯罪人が延命し、55年体制成立後の「保革対決」の時代には、実質的に革新勢力は保守の2分の1の地位に甘んじてきた。そうした保守王国を支えてきた精神風土は個人主義と結合した民主主義ではなく、明治期に再編強化されたムラ社会と家族主義の結合であった。
今、極右勢力の台頭の前に、民主主義・個人主義がムラ社会・家族主義に飲み込まれようとしている。その先にあるものは個人が国家に従属して命を捧げる専制政治にほかならない。つい2年前の戦争法=安保法制問題の折には観念でしか語られなかった戦争が、今や北朝鮮のミサイル・核問題を前にして、にわかに現実味を帯びた問題として国民の前に提示されている。今こそ左派・リベラル派が反戦・平和を声を大にして叫ばなければならない。
そしてまた、森友疑獄加計疑獄問題を選挙後の新体制でも執拗に追及し、たとえアベが野に下りたとしても、議員辞職、逮捕・投獄まで追い込んでいけるのかも、ひとえに左派・リベラル派の頑張りにかかっている。この国から民主主義の火を消してはならないのだ。

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気分はもう戦争前夜? Jアラートに騙されるな! [Politics]

午前6時、夢を砕くけたたましい警報音で眠りを破られた。この夏、北海道に滞在している私は、滞在先にALSOKの警報システムが付いているので、寝ぼけた状態ながらも、最初それが誤作動でも起こしたかと思った。すでに外が明るかったのでそう思ったわけで、もし真夜中だったら、本当に強盗でも侵入してきたかと、とても怖い思いをしたことだろう。
眠い目を開けて音源を探ると、どうやら充電器につないだスマホかららしい。何事かと思って取ると、「北朝鮮がミサイルを発射した云々」のメッセージ!
頭にきて、さっそく「バカ!朝早くから人を起こすな!原発が爆発しても、知らんぷりして国民を被曝させるくせに!」とツイート。それでも怒りが収まらず、「アベの野郎、いよいよとち狂いやがったな。戦争でも始まったかのように、いたずらに国民を不安に陥れ、戦時体制構築と、自らの保身に利用する。Jアラートとやらも、通用するのは最初の2、3回だけだぞ。そのうち「狼少年」になるだけだ。」とツイートしたら、リツイートがたちまち百を超えた。(私と思いを同じくする人々が、少数ながら確実にいるということ)

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(AFPより)

同じ頃、上西小百合議員が
5時58分 ミサイル発射
6時02分 Jアラート発令
6時06分 北海道上空通過
とツイートしていた。そうなのだ。北朝鮮がいきなり日本にミサイルを撃ち込んでくるはずがないし、万一そうだとしても、Jアラートを鳴らしたところで逃げている暇などあるはずがない、そんなことは最初から分かりきっている話なのだ。昔の空襲警報のように、サイレンが鳴ってから近くの防空壕に避難すれば間に合うなんて悠長の話ではないのだ。それに、避難が間に合ったとしても、中距離ミサイルから身を守るためには相当頑丈な地下壕にでも隠れなければならないし、もし核弾頭を積んでいたら核シェルターに逃げるしかない。
とはいえ、私は最初から日本のはるか上空を通過していくことが予想できたから、Jアラートは安眠妨害以外の何物でもなく、腹立たしいだけで、ちっとも怖くもなければ不安でもなかった。
元々自律神経が弱い上、向精神薬でさらに弱くさせられた私は(夏の猛暑を逃れて北海道に滞在している理由も自律神経)、睡眠不足がいちばんこたえる。昨夜は比較的遅く寝た上、少々寝付くのに時間がかかり、悪夢のような起こされ方をしたこともあって、起きた後も寝不足が否めなかった。幸い明日までの仕事を昨夜中に終えていたこともあり、朝食後、1時間ほど無理に仮眠を取った。
日本の上空を北朝鮮のミサイルが通過したのは今回が初めてではない。5回目だ。過去3回は事前通告があったとはいえ、国民はさして大きな不安を抱くこともなく、ましてやパニックに陥ることもなく、国民生活に何の支障も来さなかった。ところが今朝は、Jアラートのために、私のように貴重な朝の眠りを破られた人は数知れず、JRの遅延は午前中いっぱい続き、臨時休校した学校もあったとか、どれだけ国民生活に迷惑をかけたことか。
日刊現代によると「公邸に泊まっていた安倍首相は午前6時25分過ぎに官邸ですぐさま会見」とあった。ちなみにアベは、野党の臨時国会開催要求を完全に無視して、8月初めから夏休みモードで、山梨の別荘から戻って以来、ずっと「東京・富ケ谷の自宅で過ごす」毎日だった。それが、昨夜に限って都合よく公邸に泊まり、ミサイル発射から30分も経たずに記者会見ときたものだ。自然災害で多くの国民の生命が失われてもゴルフに耽っているようなヤツが、まるで前夜から知っていたように、ずいぶんと守備がいいものだ。
これは穿った見方ではない。事実、アメリカ政府には事前通告があったという話もあるし、だとしたら、もし日本政府に直接通告がなかったとしても、アメリカから日本政府に事前連絡があったと考えるのが妥当だろう。また、26日に北朝鮮が日本海に短距離ミサイルを発射した時、スガはいつもの強硬姿勢がウソのように、「わが国の安全が直接影響を受けるようなものではとない報告を受けている」などと、妙に冷静な対応をしていたのがずっと気になっていた。
そのことはさておくとしても、昨夜のうちに政府首脳が今朝の発射を事前に知っていた可能性は決して少なくないと私は推測する。アベが「発射直後からミサイルの動きを完全に把握していた」と述べているのとも合わせて、だとしたら、国民をこんなに愚弄した話はない。
民主党菅政権下であったこととはいえ、福島原発事故のときは、「いたずらに国民の不安を煽ってはいけない」という理由で事実の公表を控え、本来、30キロ圏どころか50キロ圏の住民を遠くへ避難させるだけでなく、15日や23日の放射性プルームが関東一円を覆ったときには同地域の全住民に外出自粛を訴えなければならなかったにもかかわらずそれを行わずに、何千万もの国民に有害無益な被曝を強いた政府が(付言すれば、もしあの時アベ政権だったら、もっと悲惨な事態を招いていたことは間違いない)、今度は国民の命を守るという意味では全く意味のないJアラートの警報を発令して、まさにいたずらに国民の不安を煽って「気分はもう戦争前夜」ムードを醸成して、森友隠し、加計隠しの支持率回復につなげ、さらには改憲への地ならしをしようという政治目的に利用しようなどという魂胆はとうてい許されることではない。
だが、私のように情勢を分析している国民はごく少数だろう。事実、Jアラートにたたき起こされた直後、娘から「大丈夫?」とLINEが来た。3・11以降、「緊急地震速報」を固唾を飲んで見守るようになった国民は、それと同じようにこの警報を見聞きしたはずだ。多くの国民がアベの策略にまんまと乗せられ、「気分はもう戦争前夜」状態をすり込まれたわけだ。
そして、こういうことになると民進党はもちろん、共産党までが「北朝鮮に断固抗議する」みたいなことになってアベを援護射撃することになるから情けない。なぜはっきりとアベを非難しないのだろう。山本太郎さえ、何も言っていない。福島瑞穂なんかも、ネトウヨの炎上を恐れてか、一切この問題をスルーしている。
たとえ国民の理解を得られないだろうと考えても、多くの国民を敵に回してさえ、こういうときこそはっきりものをいうのが筋を通す政治家というものだろう。なお、誤解なきように付言しておくが、私は北朝鮮=金正恩を擁護する気など1ミリもない。アベともども、トランプともども、一刻も早く消えていなくなってほしいと思っている。北朝鮮住民が解放され北が南に吸収されるかたちで統一されることを願っている。そのこととアベを非難することとは全く別次元の問題だ。

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民進党と連合ー組織票から浮動票へ(山尾志桜里問題の本質) [Politics]

「保育園落ちた 日本死ね」の待機児童問題追及で一躍有名になった民進党の山尾志桜里議員が、横浜市長選で、カジノ反対と中学校給食の実施を掲げる前民進党市議の候補を差し置いて、自公と連合の推す現職の応援演説に駆けつけたことがネットで物議を醸している。事情通によると、山尾氏は連合の要請に応えての行動であったとか。しかし、確かに山尾氏は待機児童の問題や前回選挙で中部電力との原発に関する政策協定を結ばなかった等、リベラル志向の人物としての評価が高いが、党内では前原グループに属し、過去2回の代表選では細野豪志前原誠司を支持している。山尾=リベラルと勝手に決めつけ、「裏切られた」と騒いでいるネット左翼(?)は、山尾氏に片思いをしているだけではないのか。もしかすると、今回の騒動にいちばん驚いているのは、山尾氏自身なのかもしれない。
それはさておき、民進党が今日、ご臨終の時を迎えることとなった原因については、昨日も書いた通りであるが、そこで触れなかった要因のひとつとして、民進党(民主党)と連合とのねじれた関係を指摘することができよう。とりわけ民主党が3・11以降、明確に脱原発に舵を切れなかった主な原因は、電力総連を抱え原発を容認する連合の存在があった。

55年体制を支えた組織票
万年与党の自民党と万年野党の社会党によるなれ合い政治によって、豊かで平和な世の中を享受してきたいわゆる55年体制のもとでは、選挙を左右するのはいわゆる組織票であった。自民党には地方・農村の票田を支配する農協をはじめ、都市部の中小企業を束ねる商工会議所や青年会議所、さらには様々な宗教団体が組織票を固める集票マシーンとして機能してきた。一方の社会党は、400万の労働者を組織する日本労働組合総評議会(総評)という強力な支持母体が存在した。さらに民社党も同様に全日本労働総同盟(同盟)というナショナルセンターを基盤としていたし、公明党はいうまでもなく創価学会と一心同体、共産党も数十万の党員と党の影響下にある様々な大衆団体が共産党の集票組織としてががっちり機能していた。
しかも、55年体制下では中選挙区制だったため、例えば定数5の選挙区では自民3に社会2の「指定席」があったり、選挙区によってはそのうちの1議席が他の少数野党の指定席であったりした。だから、選挙ごとに様々な「風」が吹いても、相対的に与野党の議席配分に大きな変動が現われず、上述したように自民vs社会の圧倒的な組織票の数的優劣によって政権交代は事実上不可能な構造になっていた。

無党派層と浮動票の増大が小選挙区制を可能にした
小選挙区制の議論は70年代からあったが、共産党が一貫してそれに反対してきたように、55年体制下では、それは少数野党にとっては死を意味するものであったばかりか、組織票の優劣がはっきりしている状況下では、絶対数の上からも自民党の独占状態を招く以外に考えられない制度であったため、現実性の乏しい議論に過ぎなかった。それが、1993年の反自民・非共産の細川連立政権下で一気に実現することになったのは、その間、55年体制が崩壊するのに先立ち、無党派層の増大による大量の浮動票が選挙情勢を左右するようになっていたからである。まさに「政権交代可能な2大政党制」が現実味を持ち始めたのである。

組織票と浮動票のどちらを重視するか?
そうした小選挙区制のもとで発足した民主党は、当初から一貫して無党派層の浮動票に支えられて議席を伸ばしてきた。世論調査ではおおむねいつも一桁台の支持率しか得られないにもかかわらず、いざ選挙となるとその何倍もの票を獲得してきた。そう考えると、民主党(民進党)には連合の協力は必要ないようにも思われる。実際、発足当初800万の傘下組合員を擁した連合は、その後、組合員数を減らし、現在は675万人の組合員を擁するに至っている。それでもこれは、かつて総評が擁していた400万組合員をはるかに凌駕する数である。しかし、55年体制下の総評は、各産別組織が場合によっては複数の組織内候補ーつまり日教組なら日教組内から社会党候補者を擁立するーを当選させ、労組出身議員が何人も存在した。そのような場合は、組織票は2倍にも3倍にもふくれあがった。つまり、組合員のみならず、その家族も組織票として機能した。同様のことは組織外の候補にも一定程度いえた。つまり、組織票は百パーセント確実な基礎票として動員できたのである。
ところが、連合の組織票というのは、今年初めに行われた傘下の基幹労連のアンケート調査の結果でも、組合員の政党支持率が民進党18%に対して自民党23%であることが明らかになったように、組織票ー固定票として固められるのは、組合員の2割にも満たない現実が暴露された。
といっても、小選挙区制の選挙は常に「風」によって左右される。かつてのような「指定席」はない。不確かな組織票でも、あるとないとでは時に当落を分けることもある。事情はかなり違うが、自民党も農村票や中小企業票がかつてのように盤石な支持基盤でなくなったため、細川連立政権崩壊後は、創価学会を擁する公明党の選挙協力なしには、政権維持が難しい状況が続いている。また、そのように浮動票に左右される中で、創価学会同様、確かな組織票を有する宗教団体を母体とする日本会議に政権を牛耳られるようになったのも、この党の特色である。
それはさておき、政権交代前後の一時期を除き、常に政党支持率一桁台でも2大政党の一翼を民進党(民主党)が担ってこれたのも、まずは無党派層=浮動票のお陰であると同時に、小なりといえども連合という組織票に負うところが少なからずあったことも事実である。
しかし、連合との関係維持はそうしたプラス面ばかりではない。上述したように、はっきりとした原発政策を決められない問題もしかり、共社自との野党共闘路線に明確に舵を切れない理由のひとつも、連合との関係が存在する。連合は総評・同盟・中立労連・新産別といったナショナルセンターを網羅した労働戦線の「全的統一」として実現されたかたちはとっているものの、それを主導したのは労使協調路線の同盟と総評内右派労組であり、連合結成と同時に、共産党系単産は全労連という別組織を結成、社会党左派系労組の一部も全労協を結成し、事実上連合は、それら左派切り捨てによって成立した労働戦線の右翼的再編であった。そうした経緯から、連合は一貫して共産党や社民党との野党共闘路線に反対してきたのだ。

市民を信頼し、市民とともに政策を練り上げる政治家・政党を!
そうしたなか、旧民主党は与党時代にも、原発政策で明確な方針を打ち出せず自滅し、下野してからも、アベ政権への対抗上、他の野党と歩調をそろえてこの間、どうにかこうにか野党らしい行動を示してきたものの、重要政策では何ら明確な路線を打ち出せていない。これはなにも連合との関係ゆえというよりも、党内に様々な考えの議員がいることによるためであるが、連合との関係も含め、軸足をどこに置くか、足下が定まっていないという致命的問題にある。
先に見たように、55年体制下の組織頼み(=ムラ社会依存)の選挙から、今はよきにつけ悪しきにつけ、個人主体の選挙に変化してきている。候補者も、わずかばかりの基礎票の上乗せを狙って組合回り等組織回りをして頭を下げ、自らしがらみをつくり出すよりも、無党派層=浮動票という個々のバラけた市民にオープンに呼びかけ、彼らを積極的に主体的な市民として組織していく欧米型の選挙戦略へ転換しない限り、生き残りは難しいと腹をくくるべきだ。
そしてそれは、単に選挙戦略に限定される問題ではない。否、むしろ、その方向こそ、今後目指すべき市民政党の本来のあり方が提示されているともいえる。組織頼みの選挙から、市民を信頼し、市民とともに政策を練り上げていく姿勢こそ、21世紀の市民政党に求められる政治家の姿勢だからだ。

民進党は解党し、党内リベラル派は社・自とともに市民主体の市民新党結成を! [Politics]

ポスト冷戦・ポスト55年体制が生み出した「国民政党」=民主党
民進党の前身である民主党が社会党右派から自民党リベラル派までを糾合し、「政権交代可能な国民政党」を標榜して結成されたのが、今から21年前の1996年9月のことである。80年代には戦後続いてきた労働運動の左右対決に終止符を打つべく、「労働戦線統一」が叫ばれ、1989年に日本労働組合総連合会(連合)が結成されていたが、民主党はこの連合を強力な支持母体として誕生した。
80年代から90年代前半は東欧の民主化とソ連のペレストロイカを経て、ソ連・東欧社会主義が崩壊し、一時的に「超階級的社会」現象が現出した時代であった。そうした歴史的背景のもとに、社会党から自民党まで網羅した超階級的「国民政党」=民主党が結成されたのである。
以後十余年、民主党は幾度かの再編を経て国会の議席を伸ばし、2009年の政権交代・鳩山政権が実現した。

幻想でしかなかった「超階級社会」、現実は1%対99%の対立へ
しかし、民主党の結成から鳩山政権の成立に至るまでの過程は、世界的にも日本国内においても、IT革命によって産業構造が激変する中、新自由主義が台頭し、貧富の格差=新たな貧困問題が進行していく過程でもあった。つまり、民主党が基盤とした「超階級的な国民」が大きくばらけ、その中核であった中流階級が両極化していったのである。民主党が長年党綱領も持てず、民進党の今に至るまで重要課題に対して党内をまとめきれずに政党の体をなさずにきた理由も、「寄り合い所帯」であることとともに、こうした現実には幻想でしかない基盤にしがみついてきたことの必然的結果でもあった。
民主党政権が鳩山内閣から菅内閣に交代した時に起こった2011年の3・11は、こうした民主党の弱点を全面的にさらけ出す結果となり、その間、民主党を勝手連的に支えてきた市民層の離反を招くことにもなった。原発対応を巡って迷走したあげく、経団連の意を受けて登場した野田政権が1年余りで政権を投げ出し自爆解散をした時点で、民主党はその歴史的使命を強制終了したといっても過言ではない。
それ以来、私はこのブログで再三にわたり、市民新党の必要性を訴えてきた。
「超階級社会」の幻想を破って出現した1%対99%の世界的な対立構造は、欧米諸国では既成政党の衰退の一方で、極右勢力の台頭と市民主体の新しい政党の出現をもたらした。ところが日本では、日本会議を中心とした極右勢力が、これも同じく55年体制の終焉とともに歴史的使命を終えつつも、その後も延命し続けてきた自民党を実質的に乗っ取る形でアベ政権を実現し、一気に世界史の最前線に躍り出た半面、それに対抗すべき市民主体の政党が皆無な状態にある。

今こそ市民新党の結成によって政権交代をめざすべき
そうした市民主体・市民意識が決定的に弱い日本の現状を踏まえ、私は腐っても野党第一党の民主党→民進党に期待せざるを得ない現実から、昨年8月の民進党代表選では蓮舫代表ー山尾幹事長体制を期待してみたが、現実には野田幹事長という最悪の選択によって、民進党は自滅への道を歩み続けてきた。
ことここに至った以上、民進党は解党する以外に道はない。たとえ代表選を実施して新執行部が誕生しても、離党者が相次ぐだろうし、第一、次の選挙では歴史的大敗を喫して退場するシナリオしか描けない。
折しも、オウンゴールの連発でアベ政権退場が秒読み段階を迎えている現在、事態は急を要する。
今こそ、民進党内のリベラル派・市民派は社民党・自由党とともに、市民運動・市民団体、リベラル派学者・文化人らと21世紀型の市民新党を結成すべき秋だ。(共産党は独自の道を行き、この新党との連立政権をめざし共闘することになるだろう。ついでにいえば、すでに実質的に社会主義革命路線を放棄し、天皇制さえ容認している共産党は、往年の社会党左派より右寄りの現実路線に舵を切っているのだから、負のイメージしかない共産党の看板を外して党名を変更すべきだと思う。)
市民新党は(「全国民」でない)99%の市民に基盤を置き、この間、アベ政権が強行成立させてきた憲法違反の秘密保護法・戦争法・共謀罪法等を廃止し、1%に奉仕する政治から99%の人々のための政策の実行(ベーシックインカムの可及的速やかな実施を含む)、再稼働を認めずすべての原発を停止し廃炉を目指す脱原発政策の実現等を掲げ、共産党との連立政権をめざすべきだ。
そして、いつ選挙があってもいいように、早急に候補者擁立を行い、次の総選挙で野党第一党どころか、政権交代をめざしてたたかわなければならない。

時代の空気1988-2017ー昭和Xデーとアベ独裁 [Politics]

もう30年近く前のことだ。それ以降に生まれた世代、あるいはその頃のことは記憶に残っていない世代も多いことだろう。1988年9月、ソウルオリンピックが開かれ、日本も水泳の鈴木大地選手やシンクロの小谷実可子選手の活躍などで大いに盛り上がった半面、その最中に昭和天皇ヒロヒトが倒れ、以降翌年正月明けに「崩御」するまで、異様な「自粛」ムードに包まれた。
当時私はテレビといえばタモリの「今夜は最高」と「ニュースステーション」くらいしか見ていなかったので、ワイドショーの様子などは全く知らないのだが、ひとつだけ記憶に鮮明なのは、井上陽水が出た日産セフィーロの「くうねるあそぶ。」のCMが、陽水の「みなさん、お元気ですか?」という台詞とともに「不謹慎だ」ということで放映中止になった「事件」だ。「象徴」という曖昧な地位の人間の死に、国民は厳粛な気持ちをもって臨まなければならないという「自粛ムード」の息苦しさに、天皇制を否定する私は耐えがたい苦痛を覚えた。
彼が死んだ日、私はちょうど当時持っていた深紅のベストを着て街に出た。それが私にできる最大限の「自粛ムード」への抗議であり、世の中にはそれさえはばかられるという同調圧力が流れていた。昨年のプミポン国王死去時のタイの風景を思い出してみればいい。プミポンは国民に慕われていたというが、ヒロヒトに対する国民の感情は複雑で、私も彼には戦争責任があると思い、また、「あっ、そ。それは文学的アヤの問題です」などと、すっとぼけた猫背のキャラにも嫌悪感を抱いていた。
彼の死後、1年の服喪期間はさすがに「自粛ムード」もどこへやら、世の中は翌年11月に予定されている新天皇の即位の儀、大嘗祭へと関心が移っていったが、今度は悲しみの強制から喜びの強制へと、まだまだこの重たく異常な空気が漂い続け、心底この国を出たいと思ったものだ。
ちょうどその頃、私は韓国人留学生と知り合い結婚し、折よくソウルで暮らすことになったので、後半の「祝賀ムード」の同調圧力を体験せずに済んだのだが……。

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昨年の朴槿恵退陣要求のデモ

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ソウルのデモで市民に歌われた歌


2013年以来、もう4年以上、あの時の息苦しさを凌ぐ窒息状態が続いている。そしてそれは弱まるどころがますます猖獗を極めている。毎朝、ニュースを読むたびに激しい怒りがこみ上げてくる。3.11以来、私は異次元へ迷い込んでしまったのか、長い悪夢を見続けているのかと思われる日々が続いてきた。
森友疑惑は当初、この悪い空気を断ち切る天から降ってきた絶好の機会と思われた。それまでの自粛、自己規制、忖度がウソのように、マスコミも連日この問題を報道した。以前だったら、閣僚の20人くらいの首が飛んでいただろうこのならず者政権も、ついに年貢の納め時が来たかと浮き足だったものだ。
だが、変わったと思われたマスコミの報道姿勢も、単に視聴率狙いと「みんなで渡れば怖くない」心理のたまものに過ぎなかったようで、問題の核心追及には及び腰で、それはある程度野党にも共通している。共産党も含めて、野党にはこの機を逃せばアベを倒せるチャンスは永遠に失うという危機意識が欠如しているようだ。それは市民の側も同様だ。昨年、朴槿恵退陣を求め、毎週100万、200万の市民が立ち上がった韓国の様子をうらやましく眺めていた私は、天地がひっくり返ってもこの国では100万、200万の市民が立ち上がることなどあるまいと思いつつも、せめて一桁少ないくらいのデモが起きてしかるべきじゃないかとは思っているのだが、脱原発、戦争法で国会周辺を埋め尽くした市民はどこへ行ってしまったのか?
ましてや一般国民をや、である。「森友劇場」の観衆は、面白おかしくそれを消費するだけで、その本質にはいっこうに目を向けようとしない。「だって、安倍さん以外に適当な人はいないでしょ」とへらへら笑っているだけだ。どうやらこの国の人々のアパシー、政治バカに、つける薬はなさそうだ。ただでさえそうなのに、この4年間のマスコミの御用化と政権の既成事実の積み重ねとマインドコントロールにすっかり魂を抜かれてしまったようだ。
目ざとくそれを見抜いた安倍晋三・日本会議一味は、ここへきて、あろうことか土俵際へ追いやられた「森友」そのものを武器に、籠池氏を切った刀で「森友」を全国化・普遍化するウルトラCの一発逆転マジックに打って出てきた。やれ、「教育勅語を学校で教えてもいい」、「『わが闘争』も教えてもいい」等々と閣議決定を乱発、それに便乗し、文科省は「銃剣道を体育で教える」とまで言い出した。
前述したように、私は「森友疑獄」でアベの首を取れなければ、アベが死ぬか重体に陥るまでこの独裁政権は続くし、これを機に「自主憲法」制定はじめ、極右独裁路線を一気に強化し、北朝鮮超えの異次元に入ると思っている。アベは「北朝鮮はサリンをばらまく」というようなフェイクを飛ばすくらいだから、かつて関東軍がやらかした柳条湖事件のように、国内でテロ事件をでっち上げて北朝鮮攻撃の口実にするくらいのことは平気でしかねない。もしそうなったら、私は逃げる。いや、それ以前に逃げる。どこか安全な第三国に亡命する。そうでなくとも、3.11の原発爆発で国土は放射能で汚染され、事故に学ぶこともなく原発再稼働に突き進む中で、いつ次の巨大地震が起きないかと不安に怯えながら暮らしているこの国だ。
私だって長年住み慣れたわが家を捨てたくはない。愛着もある。しかし、今にも崩れ落ちそうな、朽ち果てそうな、あるいは燃え落ちそうな家を死守する気は毛頭ない。そんな家と心中するつもりはない。たとえその家の中で、「おい、逃げるのか! 裏切り者!」と叫んでいる人々がいようと、知ったこっちゃない。それが理性と常識を備えた大人の判断だろうと思う。
もちろん、そうなる前に本来の安心して住める家を取り戻したい思う。しかし、それは私ひとりの力だけではどうにもならないことなのだ。
私は今でも「森友疑獄」、さらには「加計疑惑」をマスコミ、野党、市民が一体となって徹底追及することで、アベを倒せると思っている。しかし、それと同じくらい、このチャンスを逃したら、永遠にアベの悪魔の尻尾をつかむことはできなくなると思っているのだ。

民進党 蓮舫代表、山尾志桜里幹事長に期待する! [Politics]

9月の民進党代表選に蓮舫氏が出馬を表明した。先の都知事選で名前が挙がり、もし出馬していたら小池百合子を破って都知事になっていた確率が高かったろうが、それを蹴って満を持しての代表選出馬と思われる。

無残な野党の敗北
私は先の参院選に先立ち、野党共闘では改憲勢力の3分の2は阻止できない、安倍を倒すことができるのは市民新党の結成だけだと主張してきたが、不幸にもその予測の前半は的中してしまった。後半については、小林節氏が孤軍奮闘して「国民怒りの声」を立ち上げたが、笛吹けど踊らず、不発のまま期待外れの結果に終わった。そして、唯一希望の星であった三宅洋平の選挙フェスも、覚醒した市民の動員力こそピカイチだったが、サイレントマジョリティとの断絶甚だしく、残念な結末を迎えた。彼が山本太郎と夢見た日本版ポデモスの結成も露と消え果てた。
そして迎えた都知事選は、野党共闘の無残な敗北をもたらした。鳥越俊太郎は遠くサンダースの足下にも及ばず、対する小池百合子はカネの汚さだけはヒラリーばりだが、内実は日本のトランプに近い。海外の右翼ポピュリストは正直に自分の思想・意見を吐露し、大衆を扇動するが、日本のそれは本心をひた隠し、もっぱらイメージで勝負し、有権者はそれに踊らされる。
恐らく安倍晋三は、18年末までの衆議院の任期を最大限に引き延ばして、その間に緊急事態条項の”お試し”改憲に打って出てくるだろう。そしてそれが通れば、維新の道州制や公明の環境権とかを取り込みつつ、自民改憲案も妥協するふりをしつつ、国防軍創設家族条項など、押さえるところはしっかり押さえた全面改定案を提示し、乗り切る作戦だろう。
その間、時間との勝負で、勝てると踏めば任期途中での衆議院解散を仕掛けることも十分ありうる。

選挙は祭りだ
そうしたとき、次の衆議院選で野党が勝利し、安倍を退陣に追い込む可能性は1%でもあるのだろうか? 改憲は安倍が目論むほどスムースにいくとは限らない。”お試し改憲”以前の総選挙も考えられる。いずれにしろ、次の総選挙で野党が惨敗すれば、日本の議会制民主主義はその時点でシャットダウン、強制終了を迎えることになると覚悟を決めなければならない。次の総選挙が今までのように自由にたたかえる最後のチャンスということだ。
野党共闘もダメ、市民新党もだめ、日本版ポデモスも、三宅洋平が100人、山本太郎が200人起てば可能だろうが、残念ながら彼らは1人ずつしかいない。だったら、残るはいくら色褪せ手垢にまみれていようと、野党第一党の民進党に期待する以外、現実的な道はなかろう。
ただ、今までのようなやり方では絶対に選挙に勝てない。野党共闘に統一名簿をプラスしても勝てない。発想そのものを変えなければならない。
三宅洋平がいう「選挙は祭り」というのは確かに正しい。日本に限らず、世界共通に、選挙は祭りだ。いくら政策だ、有権者の冷静な判断だなどと宣っても、選挙の帰趨を決するのは、政治家の扇動とそれになびく国民の情念だ。2009年の民主党の政権交代だって、「漢字の読めない首相」、「自民党賞味期限切れ」というマスコミの煽りがあり、その流れに乗った民主党が、マニフェスト政権交代というイメージ選挙に勝利しただけだ。そして、その各党のマニフェストをまともに読んだ国民が、果たしてどれだけいただろうか?
選挙はしょせん祭りだ。立派な神輿、派手な山車をしつらえ、そこに見栄えのいい御仁が担がれる。それを多くの人々が担いだり引いたりして神輿同士、山車同士が激しくぶつかり合う。それを見物する観衆が興奮のるつぼに包まれ、ひいきの神輿や山車に加勢する。
中にはリオのカーニバルのように、国中が興奮のるつぼに包まれる祭りもあるが、このところ日本の祭りはずっと低調を極めている。魅力的な神輿や山車がめっきり減ったからだ。祭りじゃなくてまるで葬列のようだ。こんな祭り、誰も見に来やしない。一部の祭り好きは一生懸命神輿を担いで盛り上がるが、一般の人々は家にこもってシラけているだけだ。

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国政へ女性の大量進出を!
民進党の代表選に蓮舫氏が起つという。またとない民進党再生のチャンスだ。なんせ、彼女は都知事選に立候補していたら小池百合子に勝ち得た唯一の人物だ。これ以上の神輿はいない。前原誠司氏は「時流が私を求めているかどうかも踏まえ判断」するなどと言っているが、誰もあなたを求めていない。リベラルの枝野幸男氏もダメ。官房長官時代の「直ちに影響はない」があなたに一生ついて回るだろう。ここは蓮舫擁立で党内がまとまるべきだ。
そして、幹事長には是非とも山尾志桜里氏を大胆に起用してもらいたい。これで国民の民進党に対するイメージが180度変わるだろう。
次は選挙戦略だ。まず是非ともやってほしいのが、候補者の4割は女性にすること。もちろん女なら誰でもいいわけじゃないのは、新内閣の閣僚を見れば一目瞭然。擁立過程で、思想・信条、政治へかける情熱等、しっかり見極めなければならない。そして、選挙公約にクォーター制の導入を掲げること。有権者の半数は女性だ。これで彼女らを味方につけよう。
それから、当然思想・信条、政治へかける情熱が前提になるが、著名人も積極的に擁立してもらい、比例区に立てて集票マシーンになってもらう。この国の著名人は、自ら新党の下に立ち上がる意気地などないが、既成政党から声がかかればホイホイ応じる人はけっこういるだろう。ましてや民進党執行部が腹をくくり、必死で出馬を要請すればなおのこと。そういう人も、当選したらそれなりの役割を果たしてくれるだろう。少なくとも、どこかの党の頭空っぽタレント議員たちより、よほどよい仕事をしてくれると思う。
さて、これで見栄えのいい神輿と担がれ役たちが整った。そうしたら、この間の国会内外のデモや選挙で培ってきたコアな市民を結集して担いでもらう。
あとは威勢のいいかけ声だ。シンプルなほどいい。蓮舫! 蓮舫! 多くの女性を国会へ! 蓮舫! 蓮舫! 庶民の手に政治を取り戻せ!
踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら踊らにゃ損、損! 選挙に行かなきゃ損、損! そうして祭りを最高に盛り上げよう。
その結果、議員に占める女性の割合が劇的に増加すれば、自ずと政治もいい方向へ変わっていくだろう。なんせ、日本の国会議員に占める女性議員の比率ランキングは100位をはるかに下回り、報道の自由度ランキングどころの騒ぎではない。日本の政治の腐敗、堕落、政治家の質低下、国会の幼稚園化の主な原因も、まさにここにこそあるのだから。