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カモメの幼鳥 [Photograph]

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札幌南部の山々の朝

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豊平川のカモメの幼鳥






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安倍首相、最高? 安倍首相、サイコ! [Politics]

1年以上にわたるモリカケ追及、しかもその過程で公文書偽造という絶対に許されないはずの権力犯罪さえ明らかになったにもかかわらず、アベは辞めることなく国会を逃げ切り、秋の総裁選ではマスコミ報道によると圧勝の勢いだという。国会終盤での立憲民主党・枝野代表の2時間43分に及ぶ憲政史上に残る名演説も、それが真っ当すぎるほど的を射た的確で魂のこもった演説であればあるほど、馬の耳に念仏、それがアベの耳に届かないもどかしさに、逆に空しさを覚えたのは私だけだろうか。
先の豪雨災害時のどんちゃん騒ぎや、その後の広島・長崎の被爆者への冷淡な態度、翁長沖縄県知事の死去への冒涜的な無視等々の報道やそれへの批判の声を聞いても、どうせアベには全く届かないと思うと、無力感に苛まれ、諦念に沈む人々も少なくなかろう。

サイコパスという言葉
そんな中で、最近、私の心をあるひとつの単語が捉え、これまでのもやもやを吹き飛ばし、ストンと腑に落ちるものがあった。それはサイコパスという言葉だ。
サイコパスという言葉はよく犯罪心理学で用いられ、凶悪な連続殺人犯などをイメージさせる単語なので、例えば半年ほど前にトランプはサイコパスだというニュースが流れたときも、「だったらアベも間違いなくそうだ」ぐらいに聞き流していたのだが、今回、少しこの言葉の意味を調べてみたら、サイコパスにも「犯罪的サイコパス」と「成功したサイコパス」があるそうで、後者には政治家としてヒットラーやトランプのような独裁傾向の強い者がいる。そして、ネットを検索してみると、すでに戦争法を強行採決した頃から、一部ではアベ=サイコ説が唱えられていたようだ。
カナダの犯罪心理学者ロバート・D・ヘアによると、サイコパスを「良心が異常に欠如している」「他者に冷淡で共感しない」「慢性的に平然と嘘をつく」「行動に対する責任が全く取れない」「罪悪感が皆無」「自尊心が過大で自己中心的」「口が達者で表面は魅力的」と定義しているが、政治に関心があり、この間、アベ政治を詳しく見てきた人なら、すべての項目がアベシンゾウに当てはまることが分かろう。アベの顔を見ると吐き気がするという人にとっては、表面的にせよ彼が「魅力的」というのは解せないかもしれないが、アベを直接知る人たちによると、アベは人受けがよく人好きのする性格だと異口同音に言う。例のスシ友たちも、アベに脅されておべっかを使っているのではなく、本当にそういうアベの人柄に惚れ込んで、アベ礼賛の発言を繰り返したり、忖度した報道をしているのかもしれない。
一方、政治に無関心で、NHK的に編集された国会答弁やアベが一方的に喋るインタビューなどでしかアベを知らない多くの国民も、そうしたアベの表面的な話術に騙されて、「安倍首相は頼りになる」「安倍首相しかいない」と思い込んでいるのかもしれない。

2つの局面で負けてきた反アベ勢力
反アベ勢力はこの間、大きく2度にわたってアベに負け続けてきた。最初は特定秘密保護法から始まって、戦争法、共謀罪に至る政策論争で、アベの強硬姿勢に押しつぶされてきた。各論では世論調査でどれも国民の過半数がそれらに反対したが、結局選挙でアベが勝ってきたということは、アベの打ち出す政策の真の危険性に理解が及ばず、それを自分たちの生活に結びつけて考えることができず、結局「安倍首相に代わる人がいない」「野党が頼りない」という印象操作に勝てなかったということだ。
そこに持ち上がった森友事件、加計事件だったが、韓国の例を持ち出すまでもなく、まともな民主主義国ならどちらか一つだけでも内閣が完全に吹っ飛んでいただろうに、それを隠蔽するために公文書の偽造という法治国家にあってはならない権力犯罪まで行っていたことが発覚したのだから、普通なら内閣が吹っ飛ぶどころか、政権与党は下野して少なくとも数年間は政権復帰が不可能となるところだろうが、マスコミの忖度・弱腰報道も手伝って、モリカケすらアベは乗り切ろうとしている。
「自民党」総裁選に出馬を表明した石破茂氏は、「①謙虚で正直で国民の思いに近い政治②透明・公平・公正な政治、行政③課題に正面から挑み決断する政治、の3点を「取り戻す」」と訴えた。本来なら政策論争こそたたかわせるべきだろうが、あえて政治のイロハに立ち返り、政治家としての倫理性を訴えたかたちだ。
要するに、モリカケを経て、この国の政治はまともに政策論争をたたかわせられる状況どころか、政治のイロハを問い返さなければならないほど、アベ政治によってメチャメチャに破壊され、荒廃してしまったということだ。国会で野党が首相を追及しても、その場逃れの「ご飯論法」で論点をずらし、ウソにウソを重ねる答弁を繰り返す。倫理も論理もへったくれもない。まともに相手をすればするほど、野党議員は徒労感を強くしていることだろう。
そんなめちゃくちゃな首相は、憲政史上、かつてひとりもいなかった。時に強行採決という民主主義のルールにもとり与野党の信頼関係を損なうようなことをすることがあっても、最低限の政治倫理は守られてきたし、野党の追及に時の首相はそれなりに真摯に答えてきた。そして、閣僚にスキャンダルが発覚すれば、結局は辞任や罷免に追い込まれ、政権全体を揺るがすような不祥事では、内閣が総辞職してきた。そうして、かろうじて議会制民主主義のルールは守られてきた。

最後に残された反アベ勢力の叫ぶべきスローガン
それを根本から破壊してきたのがアベシンゾウだ。そして、それがアベにできるのは、アベの「良心が異常に欠如している」からであり、「慢性的に平然と嘘をつく」ことができるからであり、「罪悪感が皆無」であり、職員が自殺しようが、被災者が大変な状況にあろうが「他者に冷淡で共感しない」し、「私や妻が関係していれば首相も議員も辞める」と言いながら屁理屈をつけて前言を修正するように「行動に対する責任が全く取れない」からである。
そのような者には、首相どころか国会議員もさせてはならない。政治家には主義主張以前に、他者、とりわけ社会的弱者への熱い共感が必要であり、その行動に責任が伴わなければならないし、ウソをつかず、良心に従って行動しなければならないからだ。
モリカケでも動かすことができなかった国民を動かすには、もはやこのことを国民に広く知らしめる以外にない。
王様は裸だ!
ではなく、
安倍首相はサイコパスだ!
と。




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「第二の敗戦」まで行き着くしかないのか?ーだが「戦後の繁栄」は保証されていない [Criticism]

モリカケでアベを倒せなかった代償
第2次アベ政権発足後、私はこの政権はスキャンダル以外に足をすくわれることはないだろうと思ってきた。それほどまでにこの政権は盤石で、用意周到に見えたからだ。だから私は、自覚した市民がいくら「戦争法反対!」を叫んで国会を包囲しようとも、この政権には痛くもかゆくもないだろうと、冷ややかな視線で見ていた。だが長いこと、アベに大きなスキャンダルは発覚することがなかった。
そこへ、思ってもいない森友事件が大阪の一市議によって掘り起こされ朝日新聞によってスクープされたとき、私は千載一遇のチャンスが訪れたと思った。ところが、自覚した市民の反応は、当初冷ややかだった。多くの国民にとっては「どうでもいい」戦争法反対や共謀罪反対をあれほど叫んだ市民らが、多くの国民にとってある意味下世話な関心を引くであろう政治スキャンダルになぜ触手を動かさないのか、私には理解しかねた。前年、韓国のキャンドル革命を目の当たりにしていただけに、その落差には愕然とせざるを得なかった。
しかし、森友に輪をかけた加計事件が発覚し、事態は急展開した。アベ政権の支持率はようやくデッドラインへと近づいた。私は、今度こそアベ政権の息の根を止める時が来るだろうと確信した。
だが、北朝鮮の核・ミサイル問題を最大限利用したアベは、Jアラートで国民を脅しまくり、挙げ句の果てに「国難解散」に打って出て、それに呼応した前原民進党代表の解党アシストも手伝って、アベは延命に成功した。
ところがさらに、今春に発覚した森友事件をめぐる公文書偽造という前代未聞の一大国家犯罪という信じ難い事実を前にして、私はみたび、今度こそアベも万事休すだろうと信じて疑わなかった。今までいくつもの証拠をつきつけられても白を切り通してきたアベも、この隠しようもない重大犯罪事実の前には、もはや言い逃れできないだろうと、私のみならず、大半の人々が思ったのではなかろうか。
にもかかわらず、マスコミの弱腰にも助けられ、アベは完全に居直りを決め込み、三歳児の言い訳にも劣る「ご飯論法」で国民を愚弄した。ことここに至ると、もともと政治的無関心という業病に冒されていた大半の国民は、さらに諦念という病に深く蝕まれ、一時一定の盛り上がりを見せた市民の動きも、再び高揚することはなかった。幼稚きわまりないアベの計算され尽くした策略通りの展開になったというわけだ。
その後も、加計孝太郎のアリバイ会見やオウム処刑前夜の豪雨災害が予測される中での政権中枢の酒盛りなど、醜悪きわまるアベとその仲間たちの醜聞は続発したが、もはやアベという幽霊政権を祓い除ける機会を、この国の国民は永遠に失ってしまったかのような暑苦しく澱んだ空気が、今、日本列島を覆い尽くしている。
そうした中、秋の「自民党」総裁選でのアベの3選がすでに確実視されている。かねて言ってきたように、それを許せばもはや壊憲を阻止することはできず、アベ独裁は完成形へまっしぐら、恐らくアベの肉体の死なくしてアベ政権の死はなく、アベが物理的に倒れることなくしてアベ政権が倒れることはあり得なくなるだろう。
すでにこの国は、法も正義も通用しないならず者放置国家になり果て、形だけの民主主義も朽ち果て、いちおう現行憲法で認められた権利がかろうじて保障されるだけのソフトな独裁政権への移行が完成している。無関心と思考停止のこの国の国民にとっては、それでもアベの世の継続には十分すぎるほどの保証を与えているのだが、それに飽き足らないアベは、壊憲をテコにして引き続きハードな独裁政権へのシフトを図っていくことだろう。
こうなった以上、もう、落ちるところまで落ちるしかない。一億総玉砕で完膚なきまで破壊され尽くし、「第二の敗戦」の日を待つしかない。それが果たしてどういう形の「敗戦」なのかは予想できないが、70余年前の焼け野原のような荒廃し尽くし、すべてを失った「敗戦」だ。

「戦後」にありうる3つの道
問題は「戦後」の迎え方だ。いや、そもそもそのとき、私たちには「戦後」が保障されているかどうかすら覚束ない。「敗戦」は滅亡とイコールかもしれないのだ。最悪の場合、私たちはそのことも覚悟しておかなければならない。この道を選んだ代償はそれほどまでに大きいのだ。
また、幸いにも「戦後」を迎えられたとしても、先の敗戦のように、何の反省もなく、何のけじめもつけずに、ただただ与えられた戦後体制に順応していくだけだったら、やはり私たちには「戦後の繁栄」は訪れないだろう。早晩、「第二のアベ」が出現し、私たちを「アベの世」に引き戻していくだろう。
そうではなく、「第二の敗戦」をしっかり総括し、二度と同じ過ちを繰り返さない血のにじむような努力を続けたときのみ、私たちには「戦後の繁栄」が初めて可能になるだろう。そしてそれは、正真正銘の革命によってのみ手に入れることができるだろう。つまり、アベを許したあらゆる病根を根こそぎ根絶やしにし、二度とアベの出現を許さない社会をゼロから作り直していくことによってのみ、その革命は成就されるのだ。しかも、それは私たち自身の手によってのみなし遂げなければならないし、私たち自身の手によってのみなし遂げることができることなのだが、同時に、私たちにその革命をなし遂げる能力があるかどうかは未知数だ。なぜなら、私たちは長い歴史の中で、かつてただの一度も革命の偉業をなし遂げたことのない類い希なる民族なのだから。


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in Sapporo [Photograph]

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豊平川河川敷のヒバリ

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成長したマガモの親子

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山鼻川


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注目すべきアルゼンチンの実力派BERNARDO CASAGRANDEのアルバム(My favorite jazz) [Jazz]

bernardo.jpgBERNARDO CASAGRANDE QUINTETO + ORQUESTA COMUNION
アルゼンチンのラ・プラタを中心に活躍するBERNARDO CASAGRANDEは今年33歳になるサックス奏者。ギターを加えたカルテットにストリングス6とブラス4のオーケストラ+女性ボイスによるアルバムCOMUNIONは、聖体拝領(ミサ聖餐においてキリストの体となったとされるパンとぶどう酒を食すること)という意味。音楽に宗教臭は感じられないが、全体がひとつの組曲のような壮大な趣がある。オーケストラは控えめながら、女性ボイスとともに随所に効果的に使われ、サウンドに厚みを持たせている。ラテンテイストに貫かれながらも、独特の世界観=音楽観を紡ぎ出していて、何度聴いても飽きない。カルテットのメンバーも実力派揃いで、味のあるソロを聴かせてくれる。それらをバックに、テナー、アルト、ソプラノを自在に使い分けるBernardo Casagrandeのサックスが光る。けだし傑作!

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マガモの母子 [Photograph]

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このところ公園のマガモの雛に夢中!

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マガモの一家 [Photograph]

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(札幌市内で)

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傑作、名作とは?ー最近ダウンロードしたアルバム(10) [Jazz]

Apple Musicを聴き始めてこのブログでレビューを書くようになり1年が経つ。ライブラリーもだいぶたまって、そろそろ★4つのアルバムのうち、あまり聴かないものは削除していこうかと思っている。一方で、★5つのアルバムの中には、何度となく聴いてきたものも少なくない。これらの中から、10年後もずっと聞き続けるアルバムが残るだろう。そうしたアルバムが何年経っても色褪せない、古さを感じさせない真の傑作、名作と呼ぶにふさわしのだろう。今回取り上げたマイルス・デイビスのライブも60年以上経つが、少しも古さを感じさせない。
毎週、Apple MusicのJazzカテゴリーには何十曲というニューアルバムがアップされるが、それらのうち私がダウンロードするのは1~2曲だ。基準は1に好みのジャンルで、2にその中でも私のツボにはまったもの、3に演奏と曲の質の高さ、4つめは斬新さやオリジナリティー、といったところだろうか。
TSUTAYAで借りるDVDの映画の中には、時に「お金と時間を返してくれ」と言いたくなるような高校・大学の映研レベルの作品に出くわすこともあるが、世界中から集められるApple MusicのJazzアルバムは、さすがにいちおうプロのレベルに達している作品ばかりだ。しかし、その中で、ダウンロードして繰り返し聴きたくなる作品はそうそうない。また、そう思ってダウンロードしてはみたものの、実際にはあまり聴かなかった作品、次第に忘れていった作品もある。そうして淘汰されて残ったものが、少なくとも私にとっての名作、傑作といえる作品なのだろう。

7.jpgLOGAN RICHARDSON blues PEOPLE ★★★★★ Logan Richardsonはミズーリ州カンザスシティー出身で37歳になるアルトサックス奏者。2ギターのクインテット編成で、メンバーはほかにJUSTUS WESTのELECTRIC GUITAR & VOCALS 、IGOR OSYPOVのELECTRIC & ACOUSTIC GUITARS 、DeANDRE MANNINGのELECTRIC BASS 、RYAN LEEのDRUMS。そのうちIGOR OSYPOVはウクライナ出身のギタリスト。アルバムの重厚なサウンドはクリスチャン・スコットのそれに通じるものがあるが、曲はより多様で幅が広い。タイトルにもあるようにブルージーな曲調は、ジャズの目指すべき方向のひとつの可能性を示しているようにも思われる。傑作といっていい。


4.jpgMiles Davis & John Coltrane The Final Tour ★★★★★ マイルス・デイビスクインテットによる1960年3月のパリとストックフォルムでのライブ音源。マイルスの第1期クインテットはすでにこの時期、解体・再編期に入っており、ピアノはレッド・ガーランドからウィントン・ケリーへ、ドラムはフィリー・ジョー・ジョーンズからジミー・コブへ代わっており、前年、「Giant Steps」を発表していたジョン・コルトレーンはこのツアーの後、ほどなくコンボを抜けている。そのコルトレーンが独自の奏法を確立していく途上にある演奏はすでに巨匠の片鱗を示しており、マイルスのリーダーアルバムなのに2人の名が冠された理由がよく分かる。220分にも及ぶので、私は同じ曲はベストのものだけダウンロードした。


5.jpgERIK FRIEDLANDER ARTEMISIA ★★★★★ Erik Friedlanderは今年57歳になるジャズチェリスト。父親は著名な写真家だったという。ジャズバイオリンはよく聴くが、チェロのジャズを聴くのは初めてだ。しかも、ピアノトリオをバックに、比較的オーソドックスなジャズを演奏している。時にピッチカートも駆使した演奏は、低音のバイオリンを聴いているような感じがする。このアルバムを聴いていると、弦楽器のジャズのソロ楽器としては、音域的にバイオリンよりもチェロの方が合っているのではないか、などと思う。


6.jpgDAVE LIEBMAN JOHN STOWELL PETITE FLEUR: THE MUSIC OF SIDNEY BECHET ★★★★☆ オープニングのPETITE FLEURを聞いて懐かしさを覚えた。幼い頃よく耳にした曲だ。アメリカのクラリネット、ソプラノサックス奏者シドニー・ベシェによって作られたこの曲は、1959年、ザ・ピーナッツのデビュー曲として「可愛い花」のタイトルで日本でも知られた。マイルスのグループに「オン・ザ・コーナー」(1972年)前後に在籍したマルチリード奏者Dave Liebman は現在71歳だが、最近はフリーっぽいジャズをやっているかと思ったら、これまた一転してしっとりとしたスタンダードジャズを聴かせてくれる。PETITE FLEURは最初のデュオ以外にも、中ほどにJohn Stowellのソロ、そして最後になんとDave Liebmanのピアノソロでも演奏されている。また、Dave Liebmanはこのピアノとサマー・タイムでのウッド・フルートの演奏を除いて、ソプラノサックスのみ吹いている。

8.jpgANDREAS VARADY THE QUEST ★★★★☆ ハンガリーのロマ民族出身のAndreas Varadyは20歳のギタリスト。ロサンゼルスで録音されたこのアルバムでは父親のOndrej Bandiがベースで、15歳の弟Adrianがドラムで参加している。ほかにアルトサックスのRadovan Tariskaはスロバキア出身、ピアノのBenito Gonzalezはベネズエラ出身。Andreasのギターはパット・メセニー的な現在の主流派ジャズギター奏法。アルバムはニュー・メインストリーム的に仕上がっている。Radovan Tariska のサックスが活きている。9のRadiskaはBenito Gonzalezのマッコイ・タイナー的演奏が聴け、アルバム一番の盛り上がりを見せる。


10.jpgSPIRIT FINGERS SPIRIT FINGERS ★★★★☆ Greg Speroのピアノ、フランス出身のHadrien Feraudのエレクトリック・ベース、Mike Michelleのドラム、イタリア出身のDario Chiazzolinoのギターからなるカルテットの演奏。注目はなんといってもHadrien Feraudのエレクトリック・ベース。随所で彼のソロが光っている。反対に、Greg Speroの単一和音を連打するピアノが、通奏低音的効果を狙ったのだろうが、私にはアルバム全体を単調なイメージにしているようで残念なところだ。


2.jpgDAN WEISS STAREBABY ★★★★☆ ニューヨークで活躍するDan Weissのドラムにエレクトリックベース、ギター、2台のピアノ&キーボードを加えた演奏は、ヘビメタにアバンギャルドジャズが融合したような独特の世界を創り出している。




3.jpgPOLYPLUS release ★★★★☆ POLYPLUSは様々なバンドで活躍する5人組のパンクジャズバンド。文字通りのフュージョンミュージックだ。特にTSUUJIIのサックスが炸裂する最初のlimiterがいい。




1.jpgCOHERENCE QUARTET SAGAYE ★★★★☆ サックスのŁukasz Kluczniak、ピアノのRobert Jarmuzek、ベースのMarcin Lamch、ドラムのMarcin Lamchはともに30〜40代のポーランドのミュージシャン。ECMテーストの良質で伝統的なヨーロッパジャズを聴かせてくれる。


9.jpgNubya Garcia When We Are ★★★★☆ Nubya Garciaはカリブ海出身の両親の元に生まれたイギリスの20代女性テナーサックス奏者。カルテットによるロンドン録音のEP盤。後半2曲は前半2曲のリミックス。Nubya Garciaのサックスは確実性があり、曲はコンテンポラリーなジャズに仕上がっている。



「最近ダウンロードしたアルバム」はいちおう今回で終了します。今後はダウンロードしたアルバムの中から、「これは傑作!感動した!」と思った作品のみ、随時取り上げていこうと思っています。


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極悪犯罪人アベシンゾウを逮捕はおろか辞任にも追い込めぬいじめ社会・ニッポンムラの絶望 [Criticism]

グローバルスタンダードでアベ辞任・アベ逮捕は当然
またも朝日新聞による森友事件有印公文書偽造のスクープ記事によって、今度こそ絶体絶命の危機に陥るだろうと思われたアベシンゾウだが、3月27日の佐川宜寿証人喚問の茶番劇で一件落着の様相さえ呈しつつある。首相とその夫人が首謀者である事件に関連する犯罪事実を決定的に裏付ける証拠が暴露され、自殺者まで出したというのに、当の首相が逮捕されないどころか辞任も内閣総辞職も行われない状態がここまで続いていることは、あまりに異常だ。アベ辞任もアベ逮捕も、もはや単に私の願望ではなく、グローバルスタンダードで見て極めて当然のことといっていいだろう。
隣の韓国で昨年、朴槿恵大統領辞任へと至った崔順実ゲートの発端となったJTBCの最初の報道は、一昨年10月24日のことだった。それからわずか5日後には大規模なデモが起こり、デモは日を追うごとに大規模化し、国会で大統領弾劾訴追案が可決された12月9日へ向けて、毎週土曜日、極寒の中、100万~200万の市民がソウル市中心部にキャンドルを灯して集まるようになった。それから朴槿恵が憲法裁判所によって最終的に大統領を罷免される3月10日まで、わずか4ヶ月あまりのできごとだった。

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崔順実ゲート事件はアベの森友事件の足下にも及ばない事件だった。さらにそれに先立つセウォル号事件がらみの疑惑を加えても、森友事件に加計事件を加えたらつま先にも及ばない。なのに、森友事件発覚から早1年以上が経過し、アベシンゾウがもはやこれ以上言い逃れできない決定的証拠を突きつけられても、デモはやっと1万人、もっと驚くべきことに内閣支持率が30~40%もあるという。韓国では事件発覚後、1ヶ月で大統領支持率が5%を切ったのとは雲泥の差だ。
これは、韓国が特殊なのではなく、日本が超特殊なのだ。まさに、「外国人からみて日本の民主主義は絶滅寸前だ」。『フランス・ジャポン・エコー』編集長で仏フィガロ東京特派員のレジス・アルノーは次のように述べている。
こういった行為が処罰されなければ、もはや政府を信頼することなどできなくなる。「もしフランスで官僚が森友問題と同じ手口で公文書を改ざんしたとしたら、公務員から解雇され、刑務所に送られるだろう。処罰は迅速かつ容赦ないものとなることは間違いない」と、フランスの上級外交官は話す。
また、改ざんにかかわった官僚の自殺、といった由々しき事態が起これば、その時点で国を率いている政権が崩壊することは避けられない。しかし、どちらも日本ではこれまでに起こっていない。麻生太郎財務相と安倍首相は、このまま権力を維持すると明言している。
(東洋経済オンライン「外国人からみて日本の民主主義は絶滅寸前だ」)

日本人のアパシーをもたらしたムラ社会
この日本人のアパシー(政治的無関心)はどこから来るのか? 考えてみれば、戦後の55年体制下で同じひとつの政党が30年以上、政権交代なしに与党であり続けたこと自体、議会制民主主義が正常に機能している国ではありえないことだった。そんな国は、結社の自由が認められていない社会主義国か独裁国家のうわべだけの議会制度でしかありえないことだ。私が「戦後民主主義」とかっこつきで戦後の体制を呼ぶゆえんだ。
その55年体制下で育った私は、永遠に続くかと思われるその自民党支配体制、中でも小学生から高校生まで続いた佐藤内閣にどれだけうんざりさせられ、息苦しさを覚えたかしれない。普通の政治的センスを持った他国の国民なら、別に失政がなくとも同一の政党が長らく政権に居座り続けること自体が耐えきれずに、政権を替えていたに違いない。こうした日本の特殊な政治体制と経済成長を、皮肉たっぷりに「唯一成功した社会主義国」と呼ぶ海外の学者もいた。
この日本人のアパシーは、江戸時代の封建制度に根を持ち、明治の近代化に温存されて強化された「長いものに巻かれろ」「郷に入っては郷に従え」という体制順応、思考停止、同調圧力、空気を読むムラ社会(民主主義社会とはおよそ対照的なもの)の産物といえよう。
しかし、だとしても、いわゆる戦後社会においては、ロッキード事件リクルート事件では当時の首相が退陣に追い込まれ、前者では田中角栄は有罪判決を受けている。両事件とも大変な疑獄事件だったが、森友事件、加計事件のように私利私欲と「お友だち」優遇のために権力を乱用し、そのためにウソをウソで塗り固めて犯罪行為を重ねていくほど悪質ではなかったように思う。しかも、田中角栄は日中国交回復や「日本列島改造論」など、評価は分かれるにしろそれなりの仕事をした首相だった。対するアベシンゾウは、改憲という祖父の遺訓実現のみを政治目的とし、そのために秘密保護法、集団的自衛権容認、「戦争法」、共謀罪法などで強行突破を積み重ね、外交ではなにひとつ成果を上げず東北アジアで孤立し、「アベノミクス」も完全破綻した。要するに、なにひとつ国民のためになる政策をこの5年以上の間に実行してきていない。

いじめ社会が生んだアベシンゾウ
では、なぜかくも政治が劣化し、アベシンゾウのような無能な極悪犯罪人がことここに至っても逮捕はおろか自ら国会で約束した首相辞任・議員辞職すらせず居座り続けることを許しているのか? そこには、彼のバックボーンである日本会議の強力な意志がはたらいているだろうことが容易に推測されるが、やはりそれをも許さぬ国民の意志が全くはたらいていないことの方が問題だ。
私たち、戦後民主主義のもとで日教組が強かった教育現場で教育を受けてきた世代は、まかりなりにも政治に対する批判力だけは培われてきたと思う。ところが、そこに日本会議をはじめとするこの国の極右勢力の粘り強い草の根運動が徐々に功を奏して、1970年代頃から日教組は骨抜きにされ、実質的に解体されていった。以降、教育現場には事なかれ主義が蔓延し、学校は、政治がタブーとされ、主体的に考え行動できる人格を育てる教育とは真逆の、ひたすら空気を読んで大勢に順応する奴隷のような人間を大量生産するムラ社会養成工場と化していった。
そして、そうした教育現場の荒廃が、学校のいじめ社会化をもたらすことになる。私たちの世代にとってはアベシンゾウは極めて特殊で非常識きわまりない人間と写り、私などやつのことを考えただけで吐き気がしてくるのだが、いじめ社会で育った人たちには、アベシンゾウはごくありふれた存在に過ぎないようだ。確かに私たちの時代にも、学校にアベシンゾウはいたが、彼がクラスを牛耳るようなことはなかった。しかし、いつのころからか、アベシンゾウがクラスででかい顔をし、何をしても許されるようになり、それに反発し、反旗を翻す子どもは、いじめの対象となるか、シカトされ排除されるようになった。教師たちもアベシンゾウの悪行を見て見ぬ振りをし、そのうち、あろうことかアベシンゾウを特別待遇し、賞賛する教師まで現われた。そして、子どもたちは学んだ。世の中をうまく生きて行くには、アベシンゾウに逆らってはいけない。アベシンゾウにうまく合わせて生きていくことが最上の処世術だと。
そうして子どもたちはアベシンゾウにへつらう一部の人間と、距離を置きつつ見て見ぬ振りをしてやり過ごす一部の人間を両極とし、多くの子どもたちはその範囲内でうまく立ち回ることを学んでいった。

社会化したアベシンゾウ
しかし、今から20~30年前までは、それは学校内だけの特殊な社会であり、実社会にはたしかに様々な不合理・不条理が満ちあふれてはいても、それを正す正義の装置が働いていた。職場には労働組合があって働くものの権利を守るために活動していたし、組合のない会社にもその影響力は一定程度及んでいた。だが、非正規雇用化が進み、労働組合の組織率がどんどん低下していくにしたがい、職場のいじめ社会化が静かに進行していった。そして、やがて職場にもアベシンゾウが現われ、職場に君臨するようになった。職場に不合理・不条理が蔓延し、労働者の権利は剥奪され、低賃金、長時間労働を強いられても、誰も文句を言えない空気が支配していった。学校でいじめを受けても、問題化されるのはその子が自殺したあとのみであるように、職場でも過労死して初めて遺族が問題化することができるだけとなった。
かくして、アベ政治になる前に、すでに社会はアベシンゾウに支配されていた。3・11で原発が爆発し、世界が脱原発に動く中でも、アベシンゾウ社会は誰の責任も追及せず、再稼働を目指した。
よく、過労死するほど過酷な労働を強いられ、みんな生きることに必死だから、政治のことなど考えている暇もないのだ、という主張を聞くが、それは一見もっともらしく聞こえる理屈ではあるけれど、歴史的事実に完全に反する。資本主義成立以来、世界の労働者は常にそのような過酷な労働を強いられてきたが、だからこそ労働者は団結して立ち上がり、自ら労働基本権を獲得してきたというのが、歴史的事実だ。思考力・判断力を奪うような労働の強制は、資本主義的労働ですらない。それは奴隷社会での奴隷労働だ。もしこの国の国民が、疲れてものを考える気力さえ奪われるような労働を強いられているのだとしたら、それは奴隷労働にほかならない。

ここでアベシンゾウを倒せなければ、やつが死ぬまで誰も止められない
私はまだ、完全にアベ退陣を諦めたわけではない。市民と野党の力で退陣に追い込めなくとも、9月の「自民党」総裁選でアベが敗れる可能性もある。そこまでは見届けたいと思う。
だが、アベがこのまま生き延び、9月の総裁選で再選されれば、もはやアベシンゾウを止めるものは何もない。9条のみならず、緊急事態条項、家族条項等を盛り込んだアベシンゾウと日本会議の悲願である「自主憲法」が必ずや成立するだろう。そして、おそらくアベシンゾウが死ぬまで、やつは権力を手放さないだろう。この国から完全に正義が消え去るだろう。
その時、私は海外移住、亡命、難民申請等、この国を棄てる道を探るだろう。

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